magisyaのブログ

小説となぞなぞを投稿してます

私の行く先々で事件が起こる件について15、16話

15話 アリサの過去

 

 アリサは気になる所を見て回る。

厨房の天井、床、鍋の裏そして包丁……あった……

包丁の側面に、醜い隆之と鼠のキメラの顔。

これは写真をシールにして貼ってある様だ。

しかし

アリサの部屋のグラスにあったそれとは訳が違う。

色々な食材を切っている内に剥がれない様に

強力なシールを使っている様だ。

 

「あれ? 剥がれない」

 

 アリサが爪で幾ら引っ掻いても剥がれる気配が無い。

あんな男にこんな細やかな配慮が出来るとは

信じられなかった。一体どうすれば……

この包丁で食材を切るという事は

隠れユッキーが食材に何度も当たってしまう事になる

そんな事があってはならない。

知らぬが仏とは言うけれど知ってしまった以上

この包丁で切られた食材を口に運ぶのは躊躇ためらってしまう。

何とかして消し去らなくては……

かつてない使命感に

アリサは脳をフルスピードで回転させる。

キュルルンルン

 

「そうだ!」

すぐに閃く。

 

「ねえお兄さん! この包丁切れそうに無いわ? 

砥石あるかしら? 

私、生まれつき刃物を研ぐの得意なのよ」

全く切れ味が落ちていない包丁だが嘘を突く。

成程、砥石でシールをり潰す魂胆だ。

しかし、生まれつき包丁を研ぐのが得意とは

何と言う才能であろう。

 

「おお。お嬢ちゃん助かるよ。じゃあこれ砥石ね。

結構高価な物だから割らないでね 

後包丁で怪我だけはすんなよ!」

何故か快諾するコック。

 

「ありがとう大丈夫大丈夫!」

パシャリ

包丁を撮影した後に、砥石を使い

シールの部分を綺麗に落とす。

 

「♪ゴリゴリ・ゴリラが五里霧中♪

ゴリラの夫婦で五里霧中♪」

鼻歌混じりの世直しだが、決して手は抜いていない。

シールは黒い泥の様になり、水で洗い流された。

 

「……アリサちゃんひどいよ」

 

再びあの謎の声が……しかし誰にも届いていない。

 

「よーし綺麗になった。はい返すね」

 

「ん? 切れる様になったんじゃなくて綺麗になった?

聞き間違いかな? まあいいや

小さい割には早いねーお嬢ちゃん!

最近入った新人の代わりにここで働かないかい?」

 

「いえ、まだ小学生なの、労働基準法に引っかかるわ。

後ね? 小さいは余計よ? 

その新人さんは小学生よりも使えない人なの?」

 

「いや、そいつ包丁で怪我しちまってね大騒ぎよ

ウインナーに切り込み入れてて

間違えて切っちまうんだもん

同じ肌色だからって笑えないよなー」

 

 そんな話をしていると

悪臭を放ちつつオーナーが厨房に入って来た。

仕事ぶりをチェックにでも来たのであろうか?

皿には、これでもかという程の肉が盛り付けてあった。

 

「お。や? お、嬢ちゃ。ん、一。人なの。か?

これで会、うのは3、回。目になる、と言うのに

私は君の名、前すら知らない。私はさっき

名乗っ、た筈だよね? 教えてくれる、かい?

それと、さっき。から橋、本が居ない。んですよ

どこ、にいるか。知っています。か?」

 

(また来たのか。)

心の中でそう思う。そして何と名前を聞いて来たのだ。

アリサをもっと知りたいと言う事。

何故こんな事を言ってくるのか理解に苦しむアリサ。

あれだけ嫌悪感を抱いているのに

この男には今一通じていない様だ。

 遊戯室で216行にも及ぶお叱りの言葉で

泣かされて逃げていったあのやり取りを

全て忘れてしまっているかの如く平然としている。

 そして、橋本が居なくなった事も話していた

自分のペットの事も管理出来ないとは……

これは懲らしめてやらなくてはならない

アリサの脳は急速に回転を始める……

ギュルルルルンルンルンルンルン

 

----------------------------Second battle start----------------------------

Alisa VS takayuki saitou

 

「花子です」

嘘である。何故そんな事をしたかというと

自分の名をこいつの口から発して欲しくなかったのだ。

本能的にアリサは察している。

こいつは絶対裏に何かあると。どす黒い何かが

……すると。

 

「何故。嘘をつ。く? 君はアリ、サだろ? 

レセプシ、ョンで君のお母さ。んが

『アリ、サ行くわよっ』(裏声)て言ってい、たぞ

だ。か、ら知ってたんで、す」

そういう事はしっかり覚えている記憶力の高い隆之。

 

「うわ、あんた私の名前知っていたのかよ。

何て言うか今は、花子って気分だったのよ」

そんな時もあるだろう。

 

「そう。さ、でも遊戯室で直、接紹介された。訳でも

無いのにアリ。サちゃんなんて言っ、たら

気味悪がら、れるだろ?何で知っ、ているんだ。って

だから知って、いたけど敢え。てここで聞い、たんだ

何か。問題でも?」

聞けば聞くほど耳障りな声に

そして内容が全く無くつまらない話に、そして

鼻を塞いでもこじ開けて入ってくる強烈な口臭に

だんだんイライラして来るアリサ。

 

「さっきも言ったけどお前の口臭は

全ての人間に合っていないのよ。もう喋るな

初めて会った時から大嫌いでした。

金輪際私に話しかけないでくれ。

これから会う事も無い奴に名乗る必要もないし

私の名を知っているのに

態々私の口から言わせようとするこの感じ

最高に気持ち悪い。死ねばいいのに」

 

 折角シャワーも浴びて綺麗になったと思ったら

またその臭いに汚されてしまうのかという焦燥感。

言葉を選んでいる場合ではない。

一刻も早く追い払いたいという気持ちがそうさせる。

 

「私は死なん。後100、年生きる。

生き、て生きて生き続ける」

 

 流石に、二回目ともなると泣かずに

耐える事の出来た立派な隆之。

しかし、例のごとく9割は頭に入っておらず

最後に言った言葉のみに反応する

相変わらず記憶力の皆無な隆之。

そしてアリサに罵倒された時

再び不思議な感覚が隆之に襲い掛かる。

 

 

今回のアリサの攻撃は殆ど通じていない様だ。従って

--------------------------------End of battle--------------------------------

Alisa lose 経験値0獲得! 0G獲得!

何一つ獲得できず終了。

 

「憎まれっ子世にはばかる」 

 

この男の為に生まれた言葉なのではないだろうか?

 

「これと話していても何も得るものは無いわね。

場所変えよっと」

 

 もう、これ呼ばわりである。アリサは空腹のため

隆之との戦いから逃げる事にして場所を移す。しかし

隆之は、暫くこそこそとアリサの後ろを付いて来たが

アリサが本気で睨むと消えていった。

 

「さて、折角松茸ご飯食べたかったのに

あの黒くて臭いじじいのせいで……邪魔だなあれ。

うえーまだあの臭いが残ってる。折角洗ったのに

絶対ここには2度と行かないわ。

あいつは、このホテルの事を思うなら

自室に引っ込んでいた方が良いのよ。

何でああやって表に出て来るんだろう?」

そして、アリサはふと昔の事がよぎってきた。

 

ホワンホワンホワンホワーン。

え? なんだそれはって? わかりません。

 

 小4の夏休み、アリサは夜中トイレに起きて

ついでにアイスクリームを取ろうと台所に行った時

ゴキブリと対峙した事がある。

奴は、冷蔵庫の上の方のドアの前をうろついていたが

アリサの存在に気付くとぴたっと止まった。

アリサを敵と看做みなしたのだろう。

 

「くそーあいつが居ると冷蔵庫のアイスが

取れないじゃない。

どこかにいかないかなあ。あっ」

 

幸いテーブルの上

アリサのすぐ傍に殺虫スプレーがあり

少し手を伸ばせば届く所にあった。

そして金鳥……っと失礼。緊張の一瞬。

 

トクン トクン 

 

 アリサは自分の心臓の音を感じ取る。

私は今ここで生きている。

そしてこれからも生きなくてはいけない。

拳に力が入る。そして、奴も生きている。

そして明日も生きるつもりだ。

それを証拠にピクリとも動かずに

敵であるアリサから一切目を離さない。

アリサを敵と看做し、全力で相手する事を決めたのだ。

アリサに明日はあるのか?

明日は、亜明日ああす聖也せいや君との楽しい

殺虫剤談義の予定があるのだ。 

 

「私は待っている人が居るの。

だからこんな所で死ぬ訳には……いかないっ!

聖也君、私を守って……! やあー!」

 

アリサがスプレーに手を伸ばした瞬間・・!

 

バサバサバサバサバサッ」

 

なんとそのゴキブリ、アリサに真っ直ぐと

飛び掛って来たのだ!

ママが一緒にいる時は、逃げの一手だった者が。

驚くべき事に、捨て身の体当たりを食らわせに来たのだ。

一点の迷いもなく。唇を真一文字まいちもんじに結い

双眸は真っ直ぐとアリサを見つめる。

そのトリガーにはその行動

と紐付けられているかの様に……

精密なマシーンの如く

本能的に察し、ミリ単位の狂いも無くアリサを目指す。

 

しかし、所詮はゴキブリ。

体当たりだって実際食らってもほぼダメージ0

むしろ下手すれば、当たり所が悪くて

衣服などに足を引っ掛ければ

自分の足を持って行かれたりする危険も孕んでいる。

そう

自分がダメージを受けてもおかしくない行為なのだ。

噛む力もなく、サルモネラ菌などの

病原菌の運搬などはするが猛毒は無い。

武器らしい武器はあの外見だけなのに、あの外見は

大人も泣いて逃げ出すグロテスクさ。

こいつは自分の使い方を良く分かっている。

括弧不抜かっこふばつの自信で

 

「こんなチビはちょっと飛び掛れば逃げちまうぜ!」

 

と確信しているのだ。そして、自分より遥かに大きい

人間が悲鳴を上げて逃げ出すのを見て

優越感に浸る。虫の分際で。

 

 しかし、こいつは考え様によっては

色々と役に立つ事もある。

 

「一体どういう事だ?」 

 

「あんなものに使い道なんて無いわ!!」

 

という人もよく聞いて欲しい。

例えば、平々凡々な退屈な毎日を惰性で過ごしている人

そんな人でも奴と遭遇する事で

一気に強烈な刺激を受ける事になる。

ボーっと音楽を聴いている時に

ちょろっと天井に奴が現れたら貴方はどうするだろう? 

もし誰かがいるなら助けを呼びに逃げ出す事も出来る。

 

しかし、あなた一人しかいなかった場合は?

暢気に通常の生活を続けられる人は少ない筈。

言うまでも無く一気に戦闘態勢を取る。

殺虫スプレー、丸めた雑誌などを用意する為に

辺りを見回すであろう。

 

そう、あいつに会った瞬間に貴方は

ゴキブリを討伐しなければいけない定めを背負った

戦士となるのだ。

 

 それは、16歳の誕生日に母親にお城へ連れて行かれ

唐突に王様から

 

「ラバモスを退治してくるのだ」

 

と50Gと棍棒と布の服を渡され

勇者と言う言葉に乗せられ旅立った

可哀相な男よりも理不尽で

 

 それは、韓国の徴兵制よりも強制度合いは強く

抗う事は絶対に出来ない。

何故なら放って置くととんでもない事が起こるという

強迫観念があなたの頭の片隅に必ずある筈なのだ。

 

「やばい、今あいつを逃したら

何倍にもなって帰ってくる。やるしかない……!!」

 

恐らくこんな考えが浮かんでくると思う。

 

 今から約3億年前から、小型軽量化してしまったが

基本的なグロさは変えずあの形のまま

今も生きている生きた化石。恐らくその当時も

周りの他の生物から嫌われていただろう姿のままで……

 

 だから、そいつに出会った瞬間。

ピザポテコロングを食べつつアニメを見てる青年だって。

バイト疲れで帰宅し、今にも眠りに就こうとしている

中年男性だって。そして……夏の夜に

冷蔵庫のアイスを取りに来ただけの

平凡な11歳の女の子だって、戦士になりえるのだ! 

いや、なるしかないのだ!!

 

 今起きているのは私しか居ない。そして

あいつを今逃がしたら何倍にもなって帰ってくる

という強迫観念から恐怖を凌駕出来るのだ! そう

忘れかけた闘争本能をあいつが呼び覚ましてくれる。

争いからかけ離れた昨今

この体験はかなり貴重な物で

時々刺激しないとだらけた人間になってしまうのだ! 

これは老若男女問わず

研ぎ澄ませなければならない物ではないだろうか? 

平和な日本。それはとても良い事である。

だからといって心がだらけ切ってしまって

いざ戦になってしまった時

臨機応変に対応出来るのであろうか?

 

 因みに、私の母親など、掃除機を構え

飛行中のあれを吸い込み退治する技を習得している。

私には決して真似は出来ない。

 そして、身近に恐怖という物があるという事を

幼い内から知る事が出来る。

そう、危機管理能力を養う事が出来るのだ。

温室育ちのセレブには絶対に分からない。

恐怖をゴキブリを通して知る事で世の中は

優しい世界ではないと早い内から知る事が出来る。

 

 私は、妖怪と言ったら

木木しげるのゴゴゴの鬼次郎位しか頭に浮かばぬのだが

その数多あまたの妖怪達の中でもゴキブリと言う存在は

姿形といい恐怖という一点に於いては

かなりの上位に入る姿をしているのではないだろうか?

 

どういう事かと言うと

例えば一旦もめんやスリカベ、夜泣きじじい

布団かけお婆さん、電気ねずみ男等の妖怪と比べた所で

ゴキブリの方が圧倒的にその姿は怖いのだ。

 

 最近の黒豹娘なんか、妖怪なのに萌え要素もあり

彼女が天井にひょこっと出ようものなら、退治する為に

殺虫剤に手を伸ばすどころか、男性なら

脇の下の汗を制汗スプレーで誤魔化し

鼻の下を伸ばし、袖の下を渡すであろう。

例え、絶世の美メスゴキブリが出てきても

絶対にそんな事はしないであろうに。

 

 そう、妖怪ですらあの外見のインパクトを

超える者は少ないのだ。他にも西洋の

ドラキョラやフラソケソシュタイソ等と比べても

やはりトップクラスに入る怖さといえるのだ。

 

そしてそれらの妖怪達より小さいからまだましで

あれがそれこそジゴラの様に巨大化してしまったら

正に最強で最凶の生物になりえるのだ。

 

そして、こいつが自分の家に出ると言う事は

自分なりには綺麗にしていると思っていたが

まだまだ足りないと言う事を知る事が出来

あいつ再びを出さないように台所を

特に水周りの衛生面を徹底し、夏場は空調を整え

湿気を少なくする様になる。

 

 そして、ゴキブリ嫌いの伴侶と一緒の時に

少し関係が悪くなっていたなら

仲良くなるチャンスである。

例えば、ひょっこり出た奴に悲鳴を上げ

助けを求める伴侶の期待に応え

奴を勇敢に撃退出来れば

冷え切っていた2人の関係は

修繕され、更に深まる筈。その瞬間ゴキブリは

ちょっと小さくグロテスクな黒いキューピッドとなる。

 

 この様に、どんな物でも見方を変えれば

何かの役に立つと言う事なのだ。

外見が怖いから嫌いというのは分かるが

視点を変えれば人間にここまで貢献している虫は

他にはいないのではないだろうか?

 

 一般的に蜂は、蜂蜜を作り益虫とされている。

しかし、その反面毒針を持ち

人を攻撃する害虫ともなりえるのだ。

益虫とされている虫でも色々種類があり

同じ蜂でもスズメバチはそれを駆除する業者までいる。

 

 他にも、蜘蛛もゴキブリを退治してくれる。

見掛けは気持ち悪いかもしれないが益虫である。

しかし、当然毒蜘蛛もいる訳で

全ての蜘蛛が益虫ではない。ゴキブリも

益虫でこそないが、人命を脅かす程でもない。

そして厄介な事に、幼虫のゴキブリは

初めて見た時はゴキブリの子供とは思えない程に

小さく可愛らしいという事である。

 

 初めて見た時

親に聞くまでそれは全く別の虫と

勘違いしていた程である。そして

私は、とある事件をきっかけにその子ゴキブリを

潰せなくなってしまったのだ。

長くなるので割愛するが……

 

 いや……もしかしたら共感してくれる人も

いると思うのでやはり語ろう。

 

16話 アリサの過去の中の語り部の過去

 

ぬわんぬわんぬわんぬわーん 

ぬ? 何だそれはですって? 

その秘密は各自で解明してください。

 

夏の終わり。

日の入りも早くなり、涼しくなって来た

とある夕方頃の話である。

ベッドの上で、日課の語り練習をしていた時の事

 

「ありんこあかいなあいうえお9998回

ありんこあかいなあいうえお9999回

ありんこあかいなあいうえお10000回

ありんこあかいなあいうえぽ……ぬうう

区切りでは噛んでしまうか……

1万の壁を破れぬ……ヌふう ヌふう

ぬ、もう一度である! ありんこあかいなあいうえお

ありんこあかいなあいうえお2回

ぬぐっ、ごほっごほっ」

しかし、喉を使いすぎた私は

赤い液体と共に、咳をしてしまう。

 

「今日はここまでにするか。喉が限界かも知れぬ

明日のバイトの弁当の準備もせねばな……」

 

チョロチョロリン

 

「む?」

夢中になっていたせいもあり

いつの間にか我が左腕の上を歩いている

子ゴキブリが、肩の方向を

目指し向かっているのを発見したのだ。

 

 まあ鋼のメンタルを有する私にとって

心揺らぐ出来事ではなかったのだが。

それもその筈

その当時の私には怖い物など一つも無かった。

自分だけを信じて、才能も実力も十分と確信し

そう遠くは無く、難なく手に届くと思っていた。

だが、今になってもまだ追い求めている

目的に向かって邁進していた時期の話。

 

まだ世間を知らず、完璧だと思い込んでいた時の話。

ただそんな完璧と思い込んでいた当時でも

一つだけ弱点があった。

 

そう、この子虫の成虫がもし腕に落ちてきたら

流石の私でもベッドから転げ落ちてしまう。

だが相手はまだ幼虫。

 

「ぬ? なんだ……まあこやつなら……」

そう言いつつ、近くにあったティッシュを取り

その子ゴキブリに右手を伸ばす。

その瞬間に、事件は起こったのだ。

 

 皆さんもこんな短期間の間に

起こる事件など無いんじゃないか? と思うであろう。

しかし

私の人生を左右する様な事件が起こってしまった……

 

 なんと、逃げ出すと思ったそやつは

両手を私の顔に向け伸ばし

何かをおねだりしている様な仕草をしたのだ。

命を狙われているその瞬間に……

しかし、その姿を見たのも一瞬。

ブレーキをかける事も出来ずにその子を潰した……

 

そして

 

(馬鹿な奴め。逃げもせずに止まって

手を上げたりするから潰されるのだ)

 

と思っていた……しかし……その後よく考えたら

ある仮説が浮かんできた。

 

それは

 

まだ生まれたばかりで、自分が

人間から拒絶される存在とも知らない純粋で無垢な子供。

初めて見る私を敵と看做みなせずに私の腕に上ってきたのは

もしかしたら……もしかしたら!!

 

「おにいちゃん、あそぼうよ」

 

無欲恬淡むよくてんたんに私と遊びたいとおねだりして来た

ただそれだけなのかも知れない……

 

 そんなまさか? と思う方もいるであろうが

どういう訳か私は確信してしまったのだ。

そして、それを知ってしまった私は

 

「なんて事を私はしてしまったのだ

……馬鹿なのは……私だ……」

プルプル……プルプル……

そんな子供を躊躇いもなく潰した事を激しく後悔した。

 

そう、手を上げ遊んでほしいというこの子の気持ちを

その短い時間の間で読み取り、

殺意に満ちた右手を止める事が出来たなら

この無邪気な子ゴキブリの命を取らずに済んだのに……

自分の頭の回転の遅さに悲憤慷慨ひふんこうがい

自らの手で、その短い生涯を終わらせてしまった事を

考え、涙したのだ。

そう、人間がゴキブリを潰した後

後悔して泣いてしまったのだ。

 

 男が泣いていいのは、親が死んだ時。

と誰かが言っていた。

しかし、生まれた時にも泣いているし

少年時代にも色々あり幾度も涙を流してきた。

 

 そして、その度に私は一皮剥け

一歩ずつ成長して出来たと思っている。

その私が、虫に向けて涙する事になるとは

夢にも思わなかった。

こんな事をする人類は私が初かもしれない。

 

ぬ? おにいちゃんではなく

おじいちゃんの間違いではないかであると?

……せめておじちゃんにしてくれないか? 

しかし

思い出話に美化や脚色は切っても切れない物である。

多少の美化脚色は目を瞑ってほしい。

ただ、後悔し涙した時。私は

完全に心だけは少年のそれになっていたと思う。

 

 私は、どちらかというと感受性が

普通の語り部よりも高い語り部なのかもしれない。

ありもしない幻想を見ているだけなのかもしれない。

ただ向かってくる右腕に威嚇の意味をこめ

両手を上げただけかもしれない。

それでも……その瞬間私は感じたのだ。

何せその子には

敵意という物が一切感じられなかったのだから……

 

 語り部にとって感受性など全く必要の無い物。

物語の状況を如何に正確に、そして、円滑に進める為に

順序良くしっかりとした道筋を立てて語る。

その為に感情を殺し、論理的思考で語れないといけない。

 

殺人が今正に起ころうとしている現場も感受性が高いと

こうなってしまうかも知れない。

 

「ああ! ナイフを持った犯人が

後ろから迫ってますぅ

あああっ女性の首元に勢いよく

……ブオォ!! キャー怖いですー

血がいっぱーい出てますぅ

誰か語り部代わってーもうヤダよー(TmT)

こんな怖いのーあたし帰るー」

 

などと狂乱して語ってしまったら……

 

想像するだけで恐ろしい……

 

 リアクションの方に目が行ってしまい

物語に集中など出来ないばかりか

心霊スポットの状況を語る時や

殺人現場の状況を語る度に惨めな様を晒す事になる。

冷静に、今起こっている事を

的確に伝える事が求められる職業。

それが……語り部なのだ。

 

先程の語り部の伝えた情報量を見てほしい

奴が喋った文字数は大体100文字位である

それなのにナイフを持っている犯人が、

女の頚動脈を切り

血が噴出した事だけしか伝わってこない。

だが、同じ状況を論理的語り部が語れば

同じ100文字でもこうなる

 

「暗い夜道、赤いコートを羽織った女性が

一人歩いている。

その後ろからナイフを持った男の影が……!

足早に近寄り、勢いよく頚動脈に向けて振り下ろす

一瞬の出来事。断末魔も上げるいとまも無く

辺りにおびただしい量の血の海が……」

 

と、この様により多くの情報を詰め込む事が出来る。

 

ミステリーには感情的に語る事の需要は無い。

そして、奴の言葉の大半は感嘆詞。

きゃあとかひいいとか大声を上げるだけ

これなら100文字程度を埋める事など簡単っしょ

む! 我ながら芸術的な洒落を思いついてしまった様だ

忘れぬうちに……メモランダムメモランダム。

 

 ミステリーの語りで、感情的な表現の需要は低い。

だが、先程の感情的な語り部

ゲームの実況プレイには適しているかもしれない。

皆が知っているゲームを

その感受性の高い語り部が初見でやるとする。

視聴者は既にクリア済である場合が多い。

ストーリーに大きな変化が起こる場面に遭遇し

そこに初見の語り部

オーバーリアクションをしてくれよう物なら

自分が作ったゲームでもないのに

 

「やった! うまい事引っ掛かったw」

 

と、視聴者はまるで自分が仕掛けた罠に

まんまと引っかかったと錯覚し、喜んでくれる。

かく言う私もそういった経験があり

その瞬間、ある種の快感を味わう事が出来

その純粋な実況者を好きになった。

この場合、論理的な語り部

冷静にノーリアクションで実況しても

恐らく盛り下がるであろう。

最悪ブラウザバックもありえる。

 

 そう、どちらのタイプにも適材適所があるのだ。

もしかしたら私はここでの語り部失格なのかもしれない。

もしも次回、別の語り部に変わって

ゲーム実況に飛ばされた時の事も考え

今の内にお別れを言っておこう。今まで世話になった。

次の語り部によろしく伝えておいてほしい。

……だが……

こんな語り部が一人位いても許してくれないだろうか?

そして時々、そう、二日に一度位でも良い。

こんな

 

『馬鹿たりべ』

 

がいたなと言う事を思い出してほしい・・

 

そして私は、それからと言うもの

子ゴキブリを見つけたらうまい事

空のマッチ箱などに誘導し、それを玄関まで持っていき

外に逃がすと言う面倒な事をする様になってしまった。

 

「もう帰ってくるなよ?」

 

まるで刑期を終え、シャバに戻っていく元囚人に

看守が最後に掛ける言葉をいい渡し、送り出す。

絶対に戻ってくるなよ? いいか? 

フリじゃないからな?……と言い送り出す。

 

だが、野に放ったそいつはいずれ成長し

おぞましい成虫になり、行く先々の人に恐怖を与える。

又は帰省本能あり、再び私の所に鶴の恩返しの様に

戻ってくるかもしれない

更に言えば繁殖して倍返しで戻ってくるやも知れない。

 

そして

 

「あの時は私を見逃してくれてありがとう」

 

と言われても、成虫になって戻って来た時には

躊躇いなく殺虫スプレーを浴びせる事が出来るのだから。

 

私は、人類に迷惑が掛かる事を

現在進行形してしまっているのだ。

 

子供の内に潰しておけばいいのに

と言われても私には出来ない。

だが

 

『それでも私は潰さない』

 

と言うタイトルで一本小説を出し

文壇を震撼させる内容でデビューしてもいいが

今回は気楽な雇われ語り部のままで行こうと思う。

 皆さんは

そんな馬鹿な事を語っている私を蔑むだろうか?

それとも共感してくれる

マイノリティーはいるのだろうか?

 

今まで何が言いたかったのかというと

私は、小さい時は潰せず

大人になったらあのグロさのゴキブリが

大嫌いという事が言いたかったのだ。

どうせ来週には別部署に飛ばされるであろうから

言いたい事を言わせて頂いた。

 

しかし……ほんの少しだけ

長くなってしまった様だな。そろそろ話を戻そう。

 

んーわぬんわぬんわぬんわぬ

 

ぬ? 何だそれはですって?

しりません

 

 しかし、一直線に向かってくるゴキブリを前に

アリサは怯まずに

もう一拳分伸ばせば届く殺虫剤をサッと取り

ターゲットへと向ける。自称正義の味方のアリサが

家の平和を乱す生き物を許す訳もない。

 

(この家は私が守る)

 

心の中でそんな事を言い聞かせていたのだろうか?

一人しかいない。

その逆境が、まだ年場も行かない幼女を女戦士に

否。女勇者へと進化させたのだ!

 

一方ゴキブリも只者ではなかった。

戦国時代。一手一手が必殺の。刀が、銃が

人の命を奪っていく時代。そんな時代で今正に

命を落とそうとしている一人の武士の目力、眼力。

本能寺の変で、火を放たれ

最後の戦の覚悟を決める信長。正に背水の陣。

そのゴキブリはその覚悟を見せたのだ!

スプレーには猛毒が入っている。

その事は、彼も本能的に知っている筈!!

だが進路は一切変わらず。

それどころか更に加速する!

 

その鬼気迫る表情を見て

彼の決死の覚悟を感じ取るアリサ。しかし

それでも飛び掛ってくるゴキブリに身じろぎせず

最善の礼節を尽くす。

 

「フッ、あんたとは別の世界線では

お友達になっていたかもしれないわね?

ありがとう。そして……」

 

    <覚> <悟>

 

キッ(目つきが鋭くなる音)

 

「……さようなら……!!」

 

『ありがとう』

 

彼女はこう言った。

これは一体どういう意味なのだろうか?

それは平凡な夏休みに刺激を与えてくれた

ゴキブリへのお礼の意味だったのだろうか? 

それとも、全力で自分に向き合ってくれた覚悟への

お礼なのだろうか? 今となっては誰も分からない。

 

そして……発射!! プシュウウウウウウウ。

鋼鉄の缶から吹き出るその煙は

正確に彼の体を包み込んだ。

……彼は、初めて受けるその煙に戸惑いつつも

進路を変えず進んでくる。生身での体当たりに対して

科学の力を出し惜しみせずに使うアリサ。

ゴキブリに言わせれば、卑怯だろ! 素手で戦え!! 

と言われそうではある。

だが卑怯と言われようが関係ない。

何故なら、時代は戦国時代ではなく令和。

今はゴキブリにトラウマを持つ者達が

何代にも渡り試行錯誤を繰り返し

必死にそいつらを撃退する為だけに考え抜いた

魔法の薬があるのだ。

そして、これは相手から仕掛けてきた真剣勝負。

その割りには何も用意せず原始的な体当たりという

手段を選択してきた直情径行な彼の方が悪いのだ。

 

「フッ……終わった! やっぱり

かがくのちからってすげー」

 

そしてアリサは目を閉じ

唇の端を釣り上げ、勝利の余韻に浸る。

しかし、まだ終わってはいなかったのだ。

ゴキブリは、アリサから飛散される

謎の成分に意識を失いかける。

 

真一文字に結んでいた唇はだらしなく開き

羽ばたいていた羽は止まる

それでも彼の勢いは急には止まらない。

彼が羽ばたいたエネルギーは未だに残り

アリサの顔面を目指していた道筋より少し弱く

それでもまだアリサへと向かう。

 

 その時、アリサは右腕を前に出し

斜め45度でスプレーを構えたまま

勝利の余韻に浸っている。完全に油断しているのだ。

そして、少し開いている

自分のパジャマの胸の右側のポケットに

流石のアリサも気付けなかったのだ。

 

1 ゴキブリの飛行速度の低下。

 

2 アリサが勝利を確信して目を閉じている事。

 

3 開いてしまったパジャマの右ポケット。

 

これらの3要素が全て重なり合い

アリサ史史上最悪のシナリオが始まってしまう。

 

「ヒュポッ♪」

 

 軽快な音だ、一体何の音だろうか? 

ファミマコンピューターソフトの 

スウパアマリアシスターズに登場する

ワリボーやナカナカを踏んだ時に響く音に似ている。

勘の良い方ならば気付いてしまったであろう。

 

「!?」

 

 右胸に、何かの塊が軽く当たる衝撃。

なんと! アリサのパジャマの右ポケットの中に

それは入り込む……! そして……!!

 

「じたばた♪ じたばた♪」

 

そして、意識は無くても

奴は最後の力を振り絞り暴れ回る。

モケットポンスターというゲームに登場する

モケポン達の使うの技の一つに

じたばたするぜという技がある。

体力が低い時に使うと大ダメージを与えられる技なのだ。

そう、今正に瀕死の状態で使用している

ゴキブリのじたばたするぜはアリサの胸ポケットに

最大ダメージを叩き出している!!

 

「何これ? え? ま、まさか??」

 

アリサは、胸のポケットの中で大暴れする者が

ゴキブリであるという事実を知ってしまい……!

 

「☆@〇$㊥Ж?ぴぎゃああああああ」

 

慌ててパジャマを脱ぎ捨て、上半身裸でトイレに隠れ

ママを呼び何とか助かった訳だ。

 

 例え小さな虫でも、相手を見て

自分なら勝てると本能的に思うと

何時もなら逃げ回っている存在でも

普段行わない様な事をして来る。

そう、アリサは隆之につけられた時

あの出来事を思い出したのだ。

まるでゴキブリに飛び掛られる様な

不快感を、あの巻き○そ型の人間から感じたのだ。

 

因みに、その後パジャマは

ゴキブリが入ったまま庭で火葬された。

アリサは泣き叫んだ。

「オー。マイフェイバリッツパジャメスト!!」

『お気に入りのパジャマが』と言う意味らしい。

 

そして燃え行くパジャマを見て

ドナドナの替え歌で、鎮魂歌を歌い始めるアリサ。

 

♪メラメラメーラーメーラー ゴキブリのーせーてー 

♪ひっぐぃ♪

♪メラメラメーラーメーラー パジャマが燃ーえーる♪ 

♪ひっぐぅ♪

この出来事は、アリサの中で

右ポケットの怪と言う名で語り継がれるのであった。

えっ? 勿体無い? 

何で洗って再利用しないんだ。だと? 貴公正気か?

 

ンーワホンワホンワホンワホ

え? なんだそれはですって? わかりません。

 

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