13話 シンプルなメンズケア
「そういえばアリサよ、遊戯室で
心に決めた人がいると言っておったが誰の事じゃ?」
「うーん頑張ってくれたし教えてあげるね。
修ちゃんだよ」
「周ちゃん? 周富沢か? 何じゃ、あの料理人か?
年もわしと同じ位じゃぞ
ならわしでも良いじゃろ。同じ料理人じゃし」
「そうそう帽子を取るとつるっぱげで
とってもチャーミングなの……って字が違う!
遠藤周作の周じゃなくて、修験者の修で修ちゃんよ」
「わしゃ周富沢しか知らん」
「じゃあ、これ以上は秘密ね」
「なんじゃつまらん」
「ざわざわ。ざわざわ」
「おい、なんか変な音しなかったか?」
ビュッフェに来ている客はその爆音に
上を見てみるが、既に黒く塗り潰されていた為
死傷者は一人もいなかった。
しかし、世直し行動を一部始終見ていた一人の客が
ロウ・ガイに声をかける。
「すいません。おじいさん
天井に食べ物を投げてはいけないんですよ。
あんなに天井や床を汚してしまって。
器物損壊でホテルに訴えられても知りませんよ」
「なんと! 日本にはそんな決まりがあるのか?
でもよく考えてみい。損壊と言うても
何も破壊しておらぬ。なので大丈夫じゃと思うぞい」
「ああ。そう言われて見ればそうですね。
変な言い掛かり付けてすいません」
「そうよ。それに
あの天井の真の姿を知ってしまったら
天井の汚れはなくなったとしても
床一面に皆の
それ程危険な物を私達がこの世から消し去ったのよ」
知っている者のみが分かる天井の隠れユッキーの恐怖。
「そんなにも酷い物が……小さいのにありがとう
それが本当なら恩に着ます」
「もう、小さいは余計よ!」
意外とあっさり引き下がる客。しかし
器物損壊罪は、仮に人の所有物を壊してなくても
その品物の機能を損なう行為。
例えば、絵画に汚れを付けて見られなくしてしまい
その物の価値を損なってしまうと
それも器物損壊罪として適応される事例がある。
今回のユッキー黒塗りも、これから別の客が撮影し
割引きになる筈の物が塗り潰されて
機能を損なっていると主張されれば
ロウ・ガイは3年以下の懲役
または30万円以下の罰金に処されてしまうのだ。
しかしアリサなら
こんな凶器を消して罪になり
お金まで払わなくてはいけないと言うのなら
払ってでも消し去ってやると言うに違いない。
「全く何が器物じゃ。あんな落書き……
おお旨そうじゃのう、お礼にこれをくれ。
これでMP回復じゃ」
アリサが途中まで盛っていた炊き込みご飯の丼を奪い
更に追加でよそった後、食べ始める。
ガツガツ!ガツガツ!!
「うーむ、なかなか、いや、しかし」
ロウ・ガイ、弟子たちの作った炊き込みご飯を
自らの舌で分析中。
「あ、ちょっと私のだよそれ、まあいいわ。
世界平和の為に頑張ってくれたものね
また別の丼もってくればいいだけだし。
しかし、ロウ・ガイそこで食べるの?
席で食べなさいよ、お行儀悪い」
「お主は後一歩でも歩いたら空腹で死んでしまう場合でも
席まで歩いていくのかえ?」
「え? そ、そんなに限界だったの?
なら仕方ないわね」
「分かればよいのじゃ。ガツガツ ガツガツ」
「そういえばロウ・ガイ弟子がどうのこうのって
5階の廊下で言ってたよね?」
「おお! アリサは記憶力が良いのう。そうじゃ
ここの料理人は、全員わしの弟子じゃ。
じゃからわしの料理の教え
ロウガイズムを受け継いでおるか
今正にこの神の舌で見極めておるのじゃ」
「髪の下? 見極める? 何か髪の下に隠れている?
まさか頭皮? 分かった! ロウ・ガイはカツラなの?」
聞き間違いではないが解釈を間違ってしまった。
「そうじゃ。最近抜け毛が激しくって
もう嫌になってきたから
全部剃り落としてマイカツラをって……これ!」
コテコテの乗り突っ込み。
「ほんにアリサは惜しいのじゃが違うのじゃ
頭は見ての通りフサフサじゃ。勿論地毛じゃぞ?」
「でもつるつるじゃない」
「この髪型は
真ん中以外は剃ってはおるが
よく見てくれれば分かるじゃろうが
剃り跡も禿げていないじゃろ?
そして、付けている毛は付けヒゲだけじゃ。
因みに弟のキチ・ガイは、M字禿げじゃが
それに悲観せず健気に生きておる。
M字禿げの鑑じゃ。アリサもそう思うじゃろ?」
自分の髪を引っ張りながら言う。
「M字禿げって、明らかに実年齢より
老いて見える様になるよね。河童みたいな
O字禿げよりも酷いと思う。
O字の方は背が高ければ普通に話している分には
ばれないけどM字は対面だと隠しようがない
どうしてもそっちに目が行っちゃうよね・・
だから、禿げ方の中では一番酷い禿げ方だと思う」
辛辣な子供の意見。
「その言葉、キチ・ガイが聞いたら泣くぞい……」
弟思いのロウ・ガイ。
「そういえばアリサ、この前
スキンヘッドの人見かけたんだけど
よく見たら頭頂部はつるつるで
極細まで退化していたのだけど
その周りにはうっすらとまた芽吹こうとしている
髪の毛達が見えたのよ。
剃り残しちゃったみたいなの。その時思ったわ。
彼は、お洒落でスキンヘッドにしてるんじゃなくて
そうせざるを得なかったんだって。
だってその髪の毛が生えてきたら
落ち武者の様になってしまうもの」
「何じゃと?
要するにキチ・ガイもその者の様に諦めて
つるっぱげにした方が良いと言うのか?
アリサ、それはいかん。キチ・ガイは信じておるのじゃ
自分の可能性を……いつかきっとM字の空白の部分に
自らの髪の毛が生い茂るという奇跡をな
育毛サロンに通いながらな」
「ロウ・ガイの弟でしょ? って事は相当な年でしょ?
もう無理かもね。諦めるように言ったら?
……でも、M字禿げならAGAの可能性もあるから
薬で治せるかもね」
「ん? 何じゃと? 薬じゃと?
何か危なそうじゃのう」
「AGAは男性型脱毛症の事を言うのよ
M字、O字禿げの男性の9割がAGAなの。
男性ホルモンの確か……
ジヒドロテストステロンのせいで運悪く
M字部分とO字部分の毛が細くなる症状ね。
でもね、何故か後頭部とかには
そのホルモン作用しないらしいの。
凄い嫌がらせよね……
退化してはいけない所だけを退化する様に
作用するホルモン。
名前にジヒは付いてるのに慈悲は無いのかしらね?
あら偶然おしゃれな駄洒落が出来たわ
メモランダム、メモランダム」
携帯に何かを打ち込むアリサ。
「確かにお洒落じゃろうが禿げとる当人にとっては
一切笑えんシャレじゃろうな……」
「注意してほしいのは、毛根が死んでいる訳じゃなくて
極めて細い毛は生えていて残っているって事ね。
それこそ顕微鏡で見ないと見つからない位細い毛がね。
でも、髪が細すぎるせいで頭皮がむき出しに見えて
禿と言われてしまう。
全員フサフサなのよ?
でも毛の太さでそう見えてしまうの。
普通髪の毛って、5~6年掛けて太くなってから
抜けて髪が生え変わるの。
そしてまた同じ位の太さの髪が生えてくる。
でも、AGAだと数ヶ月から一年位で成長が止まり
抜けてしまうの。
髪の毛から体毛程度に細くなった状態で
サイクルが起こってしまう。
この症状に幾ら良いシャンプーを使ったって
育毛サロンに通ったって
頭をイボイボの器具で叩いたりしても
逆立ちして頭の血行を良くしても
マッサージで頭皮を
沢山食べても効果は無いのよ。
薬で男性ホルモンを抑えると簡単に薄毛は直るわ
風邪ひいた時薬飲むでしょ? あれと同じ感覚でいいの」
「ほほうどんな薬じゃ?」
「フィナステリドとミノキシジルよ
フィナステリドは、毎日1㎎飲み
ミノキシジルは薄い所に朝晩2回塗る。
たったこれだけで9割の男性の髪は太くなるわ。
フィナスで男性ホルモンの働きを押さえ
ミノキでその隙に細くなった毛を太くする
二つ揃って初めて効果を発揮する訳ね。
でも、9割の男性がAGAなのに、その治療をせず
マッサージとか効果の無いシャンプーや
髪の毛が生えてくるという光を照射する高額な機械。
フィナステリドが一切入っていない薬を売りつけ
ハゲから半永久的にお金を搾り取ろうとするのが
育毛サロンなのよ。酷い話よね。
知識のないAGAの人達は
ハゲたまま更に金だけ失うという負の連鎖
だって本当に生える施術をしてしまったら
育毛サロンは儲けがないもの。
そう、もう毛が無い者達から搾取出来なくなる訳ね」
「ほう、詳しいのう
しかしアリサ、何故そんな事を知っとるのじゃ?
かなり専門的な言葉も知っておる様じゃし」
するとアリサは呆れた表情で
「オヤジが薄くなって来てて、このままじゃ
MとOが繋がってΩ字禿になるよーって
悲しんでいて、ユーチューブで
勉強したらしいのよ。
その戦いの記録をアリサに嬉しそうに語るのよ。
もう耳タコよ耳タコ。
ミノキは、錠剤もあるけど全身の体毛が濃くなるから
塗り薬にした方が良いってしつこいのよ
私は男性ホルモン少ない筈だし、まだ若いのに」
「娘思いの良い父親じゃな」
「そうかしらねえ? まあ女の人でも
薄毛の悩みがある人もいるみたいだけど
この若さでそんな先の事気にしてたら
それこそ禿げるわ」
「そうじゃな、病は気からと言うしのう」
「そうそう。薄くなってきても気にせず
堂々としてる方が抜け毛は少ないって
データもあるみたい。オヤジ調べではね。
それと、ある程度は生えて来たら
ミノキは中断しても良いらしいわ
でもフィナスは、一生飲み続けないと
いけないらしいのよね」
「ふむ、そうなのか」
「そうそう、生きてる限り男は、男性ホルモンを
出し続ける訳だから、飲むのを止めると
折角太くなってきてもまた細くなるらしいわ。
だから60とか過ぎて
ああ、もう年だし禿げても良いやって思った
その瞬間が、フィナスの止め時って事ね。
試合終了のホイッスルを鳴らすのは
自分自身って事になるわ
だから、今フサフサの男の子は
禿よりもすごく得しているって事なのよね。
だからフサフサは、禿の事を見たら笑うんじゃ無くて
号泣して謝らなくちゃいけないと思うの
自分だけこんなにフサフサでごめんなさーいってね」
「成程、AGAとやらは直せる事は直せるが
蓋を開けて見ると結構厳しいようじゃのう。
一生薬漬けとはの……男はつらいの……」
「女だってつらいわよ?
身長だってこんなに小さいし……」
「む? それは女子全般では無くて
アリサだけなのではないかの?」
「ムッキー!」
「よし、今度キチ・ガイに教えてやるか……
薬漬けでふさふさな人生を選ぶか
髪の毛の事は諦め、頭も心も明るく生きるか
2つの選択を与えてやるか……
キチ・ガイはどっちを選ぶのかのう……
って髪の下の頭皮の話じゃないぞい。
神、GOD、神様の舌。料理人の命の事じゃ」
二度目の乗り突っ込み。
「自分の事を神って言っちゃう大人の人って……」
「まあアリサにはわしの血の滲む様な
修行を見ておらんから仕方ないのう。
修行の為とは言え
舌に釘を打ち抜いたりもしたのじゃ。
舌の先、舌の奥、両サイドにも2箇所ずつじゃ。
あれは痛かった、痛かったぞおお!!」
「人は幾ら血の滲む修行をしても人なのよ……
それにそんな修行じゃ舌は鍛えられないわ。
時間の無駄よ」
何故か悟っているアリサ。
釘を舌に刺しても味覚が洗練されるとは思わない
だがロウ・ガイは物凄く思い込みが強く
それさえやれば神の舌を習得出来ると
確信したのだ。そして
見事鉄の意志で神の舌を体得できたのだ。
良い子は絶対に真似をしてはいけない。
もう一度言う。良い子は絶対に真似をしてはいけない。
二回も言ったから大丈夫であろう。
生半可な覚悟では怪我を負うだけなのだから。
「わかったっ! そうじゃったそうじゃった
うっかりしておった! 人の鍛えに鍛えた舌じゃ!
これで文句は無いじゃろう。
この、人の鍛えに鍛えた舌で
わが弟子どもの料理を見極めに来たのじゃ。
料理はの、作っただけでは駄目なのじゃ
しっかりと相手が美味しいと言ってくれる所を見て
一つの料理は完成なのじゃよ
それに人によってはレシピ通りに作っても
口に合わぬ事もある。全ての人が同じ味覚なら良いが
そういう訳にも行かぬ。
例えば、関西の人は薄味を好むと言われておる。
だから関西の人と分かったら
少し味付けを少なめで作った物を勧めるなどの
心配りが必要なのじゃ。
初めて来るお客様とは会話をし
どこの出身かを見極めてから料理を作ったりもしておる
その心をしっかり受け継いどるか
わし自らが客となり確かめに来たのじゃよ」
さすが元総合料理長。料理の事になると熱く語るのだ。
「人の鍛えに鍛えた舌じじい」
子供は冷徹。
「ふぉっ? 成程な、やっぱりそうなるよの。
明らかに響きがおかしいもんの。
アリサの様な子供なら馬鹿にしてしまうよの。
神の舌じじいとは言わぬのに
人の鍛えに鍛えた舌にはつっかかるもんの。
アリサの為にMPを使い頑張ったのに酷いぞい……
子供は怖いのう。傷ついたわい。
今後アリサを見かけたら話しかけないで
スルーするべきかもしれんの。
ほんに、アリサは嫌な子じゃ! い、や、な子じゃ!!」
そして、言い終わると同時に頬を伝う涙。
「おい、じじい涙拭けよ。それでその自慢の舌で
弟子たちの料理の結果はどうだったの?」
「くすん。結果か? 塩味が濃いかの、不合格じゃな」
「おい、涙の味も混ざってないか? それ」
鋭いアリサ。
「む、そうじゃったか。うっかりしておった
失敗失敗ww……って誰のせいじゃと思っておる!
アリサの為に妙技を使ってやったと言うのに……
お主などこうじゃ!」
アリサの脇の下を
「きゃあ! や、止めろエロジジイ」
髭が取れた。付け髭の様だ。
エクステの様で本来は15センチ程だった。
「わー」
アリサは驚き、それを遠くへ投げ捨てる。
ポーイ
ロウ.ガイの変装が解ける。
「ぬううっ、いかん!!」
ロウ・ガイは顔を隠そうと手で覆う、だが
時すでに遅し。数人のシェフがテーブルから抜け出し
ロウ・ガイの元へ歩み寄る。
「あっ、あなたはまさか総合料理長!?
ロウ・ガイさんじゃないですか?」
「あっ本当だわ! 一体何時から居たんですか?
お懐かしい。また一緒に働けるのですか?」
周りにいたシェフ達が、ロウ・ガイに声をかける。
「これアリサ! お主のせいで変装が解け
弟子共にばれてしまったではないか!」
しかし、付け髭一つでここまで
隠し通せるとは……只者ではない。
「じじいのせいだもん」
「し、しょうがない。弟子どもの仕事ぶりを
完全には見れんかったが、今日の所は引き上げじゃあ」
ロウ・ガイは瞑想しつつ、ぶつぶつと何かを唱える。
「テクマクマヤコンイイチモキ
ハノルシハヲチミイナツトヒシイコデシダハ」
ビキビキッ
すると 足から蒸気の様な物が立ち上がり
両太ももの筋肉が膨れ上がる。
ダダダダダダッ
その場で激しく足踏みし足の動きを確かめる。
そして、ダダッ
付け髭を拾い、逃げていった。
還暦を過ぎた老人とは思えないスピードだった。
髭は、また日をおいて再利用するのだろう。
「あっ、待って下さい料理長ー」
シェフ達も追いかけるが、到底追いつけないと諦める。
「早っ、しかしあの呪文といい
一体何なんだ、あのじいさんは?」
14話 桑名光太郎
第6章 中国妙技団
「その質問には、私がお答えしましょう」
誰かがアリサに声をかける。
「え? 誰?」
そこには、身長175位で、立派な口髭を生やした
男性が立っていた。シェフの格好をしている。
被っているコック帽の長さが他のシェフと比べても
一際長い。かなり偉い人なのだろう。
「私は、ロウ・ガイ総合料理長の一番弟子であり
中国妙技団でも一緒だった
現在、ここの総合料理長を任されております
彼が引き抜かれたのを知り、妙技団を抜け
このホテルで一緒に仕事させて貰っています。
既に幾つかの妙技を見ているとは思いますが
詳しくはご存じないでしょう?」
「そうね。あの爺さんからは詳しく聞いてはいないわ。
しかし、桑名光太郎か。
フルネームで呼びたくなる名前ナンバーワンね
響き、字体、共に完璧だわ」
何故か名前を褒めるアリサ。
「そ、そうですか?
初めて言われました。(///照///)
え? でも字体って、言葉で伝えただけで
伝わる物なのでしょうか?」
頭を掻きながら喜ぶ桑名。
「細かい事は気にしないで」
そうなのである。
一々そんな枝葉末節な事で突っ込まれては話が進まない。
「そ、そうですか? そうですよね」
謎の圧力で聞く事を中止する桑名。
「それで、妙技とは中国妙技団の団長が編み出した
平たく言えば手品の様な不思議な力を
呪文により引き出し
それを皆さんに披露するエンターテイメントでして
リー・ミンシェンという方が作り出しました。
筋力を増幅させたり、集中力を高めて
遠くに正確に物を投げる力を得たり
幻惑を引き起こし別人の様に変装したり
空気を操り空中を少しの間浮かんだり
色々な妙技があり、それらを組み合わせて
様々な演目を編み出して来たのです。
今は、娘さんのリー・メイリンという方が引き継ぎ
団長をなさっています。
その方には私もお世話になりました。
私も妙技団で後続を育成していた者ですが
十分育ってきて、任せられると判断し
ガイさんの後を追いホテルに入った訳です。
私も、ガイさんの料理の大ファンですので」
「へえー、そう言えばそんな話してたような?
でもそこまで言われると
あの爺さんの料理食べてみたいなあ」
「本当に美味しいですよ、見る目が変わると思います。
あの繊細な味の表現を、あの体躯から生み出される。
そのギャップに驚くと思いますよ。
ところで、ガイさんはどの様な御用事で
ここにいらっしゃっていたのでしょう?」
「それは、確か弟子達が自分の味をしっかり
受け継いでいるかどうかの確認で来たって聞いたよ
でも変装して来ていたけど、突然私を
苦し紛れに髭を掴んだらその変装を解いちゃって
皆にばれて逃げたんだよ」
少し尾鰭を付けてはいるが大体あっている。
「成程。まだ私達を弟子として見ていてくれてのですね。
あの時、もっとしっかりオーナーを説得していれば
こんな事にはならなかったのに……
これは、私達の責任でもあるんです。
今更こんな事を言っても仕方の無い事ですが。
許されるなら今から過去に戻って
過去の自分を思いっきりぶん殴りたい気分です」
肩を落とし悔しがる桑名。
「でもロウ・ガイそれに関しては怒ってなかったよ?
そんなに気にしないで。友達のアリサからも
弟子達に厳しくしないでって言ってあげるから安心して」
いつの間にアリサの中では友達に昇格したロウ・ガイ。
例え歳が離れていようとあれだけの激闘を供にすれば
そうなってもおかしくはない。
「アリサさんと仰るのですか。小柄ではありますが
お優しいお嬢さんですね。
少し気が楽になりました、ありがとうございます。
それではごゆっくりお楽しみ下さい」
桑名は去っていった。
「もう! 小柄は余計よ全く!
そういえば時間制限があるんだったよね
今何時かな? ……後一時間位か
何か食べないと飲まず食わずで終わるかもしれないわ」
少し焦り始めるアリサ。
「お嬢ちゃん、あの方とお知り合いとは
一体何者なんだい?」
もう一人の別のシェフがアリサに声をかける。
時間がないのにと思いつつも
「私? 私はアリサ。○×小学校推理クラブ副部長兼
ぶっへ教教祖よ。廊下でナンパされたのよ。
しつこかったから相手してやっているけど
全然本気にしてなんかいないんだからねっ」
多少尾鰭を付けてはいるが
概ね正しい事を言っている様だ
しかし、所詮小学5年生女子では
語れる肩書きはこれが精一杯である。
因みに私は小5の時○×小学校 飼育委員だった。
文字数で負けはしたが、生物を慈しむといった点では
アリサの肩書きを遥かに凌駕している事を
覚えておいてほしい。
「あの方は、神の舌を持つ男、ロウ・ガイ様だよ。
彼の作る料理は、あの林総理もお代わりした位なんだ。
あんな事にならなければ今でもこのホテルの
生きるレジェンドとして活躍してくれた筈なのに……
悔しいよ。そうだお嬢ちゃん。
あっちの方にここで出している料理を作っている
厨房があるんだけど見に来るかい?
ガイさんの使っていた包丁とかもあるんだ」
厨房が会場にあるらしい。アリサは取り敢えず
ユッキーがそこにもいるかもしれないと考え
行く事に。
「へえ、じゃあ行ってみようかしら」
「よし、ついておいで」
この青年は、偶々いい人だから良かったが
アリサは悪い人にもこんな感じで
ホイホイ付いて行ってしまう癖がある。
根拠の無い自信があるアリサは、どんな危機でも
絶対に回避出来ると言う思いが強いのだ。
「ここだよ」
厨房では数人のコックが調理中で
非常に濃厚な香りが漂っている。
すー
アリサはその香りを思いっきり吸い込む。
すると、何も食べた訳でもないのだが
少しだけ空腹感が和らいだ気がした。
「いい匂いねー。みんな真剣な顔で仕事してるね。
かっこいいわ」
「それはそうだよこの間の食中毒以来
仕事はいつ無くなってもおかしくないって
皆気を引き締めているんだよ」
「そうか。もう一度やったら世間も
流石に許してくれそうにないよね」
と言いつつ辺りを見回す。すると
若かりし頃の、まだ髪が黒いロウ・ガイと思われる
男性を中心に、数人の男女の写真が飾ってあった。
「あれはロウ・ガイかしら? まだ若いわ。
後、なんとなくママに似た女の人もいるよ」
「ああ、この写真はガイさんが飾っていたんだけど
辞める時に忘れていったんだ。
確か妙技団の人達と最後に撮った写真だそうだよ
でも、いつか取りに戻ってくる所を捕まえて
またここで働かせる為に、ここに飾ったままなんだよ。
皆の憧れなんだ」
「そんなすごい人だったんだ。
でもアリサと話している内に自信を無くして
神の舌を訂正して
人の鍛えに鍛えた舌に格下げしていたよ」
「え? 君は一体何者なんだい?
まあ、あんな事件を起こしては自分を卑下しても仕方ないな。
彼は、うちの総合料理長をやっていた。
一度食べた物の味を忘れず寸分の狂いもなく再現する。
絶対音感ってあるだろ? 生活音ですら
音階で分かってしまうって言うあれさ。
それの味覚版を彼は持っていたんだ
僕は、そのスキルの事を
パーフェクトテイスツと呼んでいるが
そのスキルのお陰で
ホテルにはグルメ雑誌を取り扱う記者が押し寄せてきて
沢山の記事が書かれた」
「パーフェクトテイスツシェフ」
アリサはシェフのあだ名を作りボソッと呟く。
しかし、シェフの耳には届いていない。
「しかし、事件はそんな時に起こった。
稼働率150パーセント位は行っていただろう。
見習いが期限が切れて
捨てなくてはいけない食材を誰かに確認も取らずに
勝手に料理してしまい
それがテーブルに並んでしまった。
それを食べた浅利新聞の記者が救急車で運ばれた。
暫くしてホテルの食中毒の事を
浅利新聞で記事にされてしまったのさ。
それが原因でガイさんとその新米は責任を取り
首になってしまったんだ。
それからは、本当にシェフたち一丸となって
入念にチェックして食材を選ぶ様にしたね」
「忙しさ故にチェックが疎かになってしまったのね。
どこにでもありそうな話ね。
でも、ただばれていないだけで
取り上げられるのは氷山の一角よね。
え? あれ? 何でロウ.ガイまで首になったの?」
「それが、その新米のせいなんだ。
そいつ、期限切れの食材をロウ・ガイさんの指示で
料理したと嘘を付いたんだ。
それをオーナーが信じて首になっちゃったって訳だ。
当然、ガイさんはそんな事していないと主張したけど
頭に血が上ってたオーナーは両方首にしちゃったんだ。
長い目で見れば、ガイさんを切るなんてありえないのに」
「そうよね、パーフェクトテイスツ持ちは
レアモノだものね。覚えるのに
舌に釘を刺す修業をしたとか言っていたし
習得には根性がいるものね
そんな男を首にできるオーナーは
相当先見の明が無いわね、死ねばいいのに」
「死ねなんて酷いを言ってはいけないよ。オーナーは
ホテル存続の事を考えた末の決断だと思うんだ。
それにしても、そんな厳しい修行をしてたとは恐れ入る。
でも、そんな事をしたら味蕾に損傷を与えてしまい
味覚どころではないと思うのだが。そうか
奥底にツボがありそこを押す事により
舌の潜在能力が開花されるという事か
下手すれば味蕾の未来すら失う行為だって言うのに……
ムム……やはり、普通の人がやらない事をやらなくては
その境地には辿り着けないという事なのか……」
「味蕾の未来ってなかなか面白い洒落じゃない」
「え? そうですか? えへへへ
君みたいに小さい子でも
この洒落の良さがわかるなんて嬉しいよ
じゃあ君にもこのネタあげるよ。自由に使ってね」
突然褒められ喜ぶシェフ。
「うーん? 使う場所ものすごく限られてくるけど
ありがたく頂いとくわね。でもね? 小さいは余計よ?
そうだ、ねえ少しこの中を探して見て良い?」
「うん。邪魔にならない程度なら大丈夫だよ」
「はいっ!」
私の書いている小説です
https://novelup.plus/story/200614035
https://estar.jp/novels/25602974
https://ncode.syosetu.com/n3869fw/
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