magisyaのブログ

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私の行く先々で事件が起こる件について 9話、10話

40階に向かうエレベーター内は

まるで病院の待合室の様な重苦しい雰囲気。

そして

 

「頭が凄く痛い……」

 

「足の震えが止まらない」

ガクガク……

 

「苦しい……吐き気がする。ううっ何で?」

口々に症状を訴える。症状はプラネタリウムを出て

更に悪化している様だ。

今まで健康だった筈なのに、急に体調が悪くなり

誰もが不思議でならない様子。

そして、一人の大人しそうな女性が……

 

「……何か、私おかしいの・・誰でもいいから

私……傷つけたい……助け……ぐうおおおおおお」

そう言って暴れ出す。

その表情は鬼の様な形相で、まるで別人。

皆驚き、彼女を取り押さえようとする。

その細身の体からは想像できない程の力で振り払う。

 

「うわっ駄目だ、一体どうしたんだい? 

頼む、正気になってくれえ」

これは、恐らくユッキーを見て暴走したのだ。

目の焦点が合っておらず、無差別に周りを攻撃する。

 

 人の脳は、普段全力で行動する事を抑制している。

しかし、ユッキーを見た事で、脳が暴走し

そのリミッターを強制的に外してしまう。

その結果、本来の力を超えた力を出す事が出来る。

 

 更には

誰しも心の奥底にほんの少しはあるであろう破壊衝動を

表面化するまでに増幅させる力がある様だ。

当然、自分の限界を超えた力を出し続ける事は

ものすごい負担となる。

彼女にとっても、良い事ではない。

これが長時間続けば、彼女の命も……

 

「ガアアアアアアアアアアアッ」

 

数人に取り押さえられ耳をつんざく様な

咆哮をあげつつ暴れる女性。

 

「だ、駄目だ、止められない……」

押さえている人達が諦め始める。

 

「私に任せて」

アリサが女性の前に歩み寄る。そして……

 

「あっ危ないよお嬢ちゃん!!」

そんな言葉を無視し前に立つ。

 

「大丈夫! どうにかなりまーす。

Don’t worry. Be happy! 熱く お米食べなさーい! 

頑張れ! しじみ

 

これは? 一体何だろう?? ふむ 

アリサは、彼女自身も尊敬する、松谷修造の使う

ポジティブワードを彼女に語りかける。

 

「私、熱いお米食べる……蜆の味噌汁で……ハッ!」

どうやら気づいてくれた様だ。

 

「大丈夫かい? ああ良かった。ありがとうお嬢ちゃん

一体何を言い出すかと思ったけど効果があるんだね」

 

「ふふん、修ちゃんは万能なのよ

しかし……これがユッキーの隠された秘密なのね……」

ユッキーの残した恐ろしい爪痕を

初めて目の当たりにしたアリサ。

そして、エレベーター内の皆は

少しアリサの言葉の効果か和らいではいるが

再発する不安を抱えたまま40階を目指す。

初めてユッキーを見た瞬間感じた

不安は的中してしまった……

アリサは益々正義の心が膨れ上がる。

 

 一般人は色々な症状が出ている様だが

暴走は特に酷い症状である。

人によって症状に差があるのはあの女性は

恐らくユッキーが真上にいる席にいた為

直視してしまい暴走したのかもしれない。

そして、軽い症状の人は

離れた距離で周辺視野に入った程度と言う事だろう。

そして、症状は見た直後に起こるのではなく

少し経ってから起こるという事もわかった。

悪魔の爪痕は遅れて効果が発動する様だ。

 

そして、その中でもアリサは

見た瞬間に少し痛みを感じたが

後から来る症状が一つも出ていない。

それを周りの一般人と比べた事で

自分はやはり特別な耐性があると再確認する。

 

そして、40階に到着。

自動ドアを開けると

大地と緑の香りがアリサを包み込む。

入り口で大きく深呼吸する。

すうーー はーー

 

「あれ? 少しリラックス出来たかも知れないわ

大自然っていいわね。

よし、少し元気も出たしあれを探そう」

 

 他の皆も、入り口付近でへたり込んではいるが

少し改善されている様である。

ここは、数回ユッキーを見る度に戻る拠点として

何度も訪れる事になるかもしれない。

 

 植物園は40階のフロアを全て使っていて相当広い。

世界の珍しい植物もある。 

ヤシの木 桜の木 サボテン ヒマワリ ハス

まだつぼみタンポポ ハエトリソウ ベイリーフ

偶偶タマタマ生えていた謎の草 ウツボカヅラ

ラフレシア チコリー フシギバナ キレイハナ 

至る所に緑、緑、緑。呼吸する度に

新鮮な空気が、体の内部を洗浄してくれる様だ。

毒はまだ残っているが、少し楽になり

足どりも軽くスキップなどしてしまう。

 

「よーし化け物を探すぞー

♪スキップスキップランランラーン♪」

 

 植物園の中央には、大きな木がある。

看板を見るとコノキナンノ木というらしい。

 

「大きな木だなあ。見た事も無い木ですから

見た事もない花が咲くのでしょう」

 

 確かにアリサの言う通り何かこう

気になる木であるな。なんとも不思議な木である。

なんとも不思議な実がなるのだろうな。

 

 アリサは、この木の周りを見てみる。すると

数人の人達が、その木の付近で苦しそうにしている。

 

「どうしたの?」

 

「はぁはぁ、この木の傍に来たとたん急に

髪の毛がボロボロ抜け出して、吐き気と頭痛が起こり

右肩が脱臼してしまって苦しいんだ」

 

 何という不思議な木であるか……男子にとって

毛が抜けると言う事は、命を失うに等しいと言うのに……

恐ろしい……一体何が起きているのだ?

 

「私もだ、私は左肩が脱臼してしまって……

髪の毛も信じられない速さで抜けて行ったんだ

これ見てよ」

 

 そういって携帯を差し出す。

見るとフサフサの男性が笑っている写真。

しかし、目の前にいる人は

髪の毛一本すら生えていない

人の理を遥かに凌駕する現象が

アリサの目の前で起こっている

何が起きたというのだろうか??

 

「え? この写真息子さんじゃないの?」

 

「違うって本人本人! まだ独身だって……

こんなになっちまったらもうお婿に行けないよ……」

泣きながら話す男性。

よく見ると髪の毛が地面にもっさりと落ちている。

そして、その毛は涙で濡れている。

今正に抜けたてほやほやの毛髪である。

 

「まさかこれは……」

 

「え? 心当りあるのかい?」

 

「多分……ね」

そう言って木の周辺を探す。すると……

規則的に並んでいる木の穴の様な物を見つける。

 

「あら? この木の穴、確かうろとかいったっけ? 

上の二つが目で、下の縦長のが口みたいに

見えるのよねー。まさかねー」

 

しかし、よーく見てみると、その三つの穴の上にも

もう二つ丸いうろがあり、それが耳の様になっている。

まるで絵画

 

『ムンワの雄叫び』

の表情をしたユッキーがうろで描かれていたのだ。

これは人工的に加工しているだけで

自然に起こった物ではないようだ。

 

「これも多分あれか。

そう思うとやはり脳に来るなあ。一応撮影っと

うわ……こんな物心霊写真じゃない」

パシャリ

 

それまでうろだった物も

一度そう見えてしまうと瞬時に凶器になる。

うろ一つ一つには罪は無い。

しかし、その形を脳で感じ取った瞬間に……

それは牙をむいて襲ってくる。

そして、一般人には、そこを通りかかっただけで

脱臼 脱毛 脱力感等を引き起こす。

……? そういえば

プラネタリウムのユッキーとは症状が違う。

ユッキーの種類により、人に及ぼす症状も違う様だ。

しかし、人類に良い影響は何一つ与えてくれない

斉藤隆之はなんと厄介な物を量産しているのだ……

何とかしなくては被害が拡大してしまう。

アリサに止められるのであろうか?

 

「流石にこれもマジックで塗り潰せないなあ。

うーんうーんどうしよう……」

脳をフル回転させる。キュルルル

 

「そうだ! どこか一つ、うろを土で埋めればいいか

せっかく治療の為にここにきたって言うのに

これを見たら台無しよね。

禿げて、もてなくなる男の子達を守らなきゃ」

そう言うと、地面から手ですくった新鮮な土を

一つのうろに入れて埋めてあげる。

ポンポン

うろに、土を詰め固める様に優しく叩く。

これで隠れユッキーとしての機能は損われた。

 

パアアアアア

 

周囲から邪気が消える。

するとコノキナンノ木の傍で

倒れていた人が起き上がる。

 

「あれ? 脱臼していたと思ったけど直ってる?

それに何か産毛が頭から生えてきている?

あー良かった……」

 

 

「よし終わり……って……うーんまだ感じる

このフロアの何処かにあるみたいね」

 

しかしながらアリサレーダーは

まだここに隠れユッキーがある事を示している。

それが指し示す方向へと歩く。

 

「悪の気配、悪の気配!」

 

「どうしたの? 悪の気配ってどういう事?」

植物園の係のお姉さんが気になって声を掛けてきた。

 

「え? 隠れユッキーだよ。あれは人を弱らせる

ここの入り口にも大きな木の傍にもその被害者がいるよ」

 

「え? そうなの? そういえば最近偏頭痛が酷いのよね

まさかあれが作られたから? 言われてみれば

・・食欲もなんか無いし、よく眠れないし

そのせいでお肌もかさかさよ。急に老けたんじゃないか? 

って兄者にも言われたなあ」

 

「兄者って……侍?」

 

「ううん? うちでは普通よ? 

そう言えば先月位から君主が準備していたわね。

しかも、色々な人に指示出してたわ。

庭師とか人間国宝のガラス職人とかもいたのよ! 

雑誌で見たから間違いないわ」

 

 ガラス細工で出来たユッキーが

いずれ登場すると言う事であろうか? 

しかもオーナーは人間国宝を招き

その技術で作ったガラス製のユッキーを

ホテルのどこかに隠しているかもしれないと言うのだ。

それを無下に破壊は出来ない。彼は金を持っている。

それをどう使おうが文句は言えない。だが

それによって最悪死人が出て

その関係者が悲しみに暮れてしまう未来を

ありありと予想出来る今、どんなユッキーであれ

暗黒空間に閉じ込めなくてはならないのだ。

アリサは戦慄する。

 

「君主って……あの巻き○その事か……変なお姉さんね。

まあ、何となくプラネタリウムのユッキーやさっきの木で

写真だけではないというのは分かってはいたけど

ガラス細工なんて出てきたら太刀打ち出来ないよ」

 

「お嬢ちゃん、何を怯えているのか知らないけど

私が頭が痛くなった場所まで案内してあげようか?」

 

「はいっ!」

 

 お姉さんに案内され、辿り着いた所は

一見ただの平地である。

そこに、幾つもの芽吹いたばかりの

何かの植物の双葉が生えている。

 

「ここよ」

 

「これの何処がユッキーなの?」

と言いつつも感じてしまっている。

レーダーは正にここで最大の反応を示しているのだ。

 

「ユッキーかどうかは私にも分からないわ。

一見ただの草原よ。

でも、ここに長くいると頭が痛くなるのよ」

 

「お姉さん良かったらアリサをおんぶしてくれない?」

レーダーはこの位置で、少し上だとの事だ。

なので高い所から見てみる事に。

 

「何か分かったの? まあいいわ

アリサちゃんって言うのね? よいしょっと」

 

「わー高い! 私高所恐怖症なのよね。

でも頑張って見ないと」

 

 もう一度、今度は違う角度で草原を見てみる。

すると……双葉が何かの形を作っている事に気付く。

そう、隠れユッキーだ。何もない平原に双葉の種を

ユッキーの形になる様に植え、双葉が芽生えた時

緑色の悪魔が誕生した。一流の庭師の成せる業である。

斉藤隆之が雇ったのであろう

その悪魔を形作る為だけに呼ばれた死の庭師を……

 

 本来、目に優しいと言われる緑色。

この緑は別物である。目に悪いだけでなく

このユッキーの効能・・ではないな、症状は

偏頭痛、眩暈、睡眠障害、肌荒れ、破壊衝動など

色々な症状を引き起こすブラッディグリーン。 

お姉さんは、その初期症状になっている様だ。

ステージが進めば、この優しいお姉さんも狂戦士として

周りの人を攻撃してしまう。何とかしなくては

 

「うっ……何よプラネタリウムの時と同じじゃない!

でも、地面にあるだけさっきより楽ね」

パシャリ 撮影を済ます。

 

「この子達に罪はないわ。森林伐採は趣味じゃないし

そうなると……うーんどうしようかしら?」

 

「そうよね、でもこの顔の形になっただけで

気分が悪くなるなんて怖いわねー」

 

「そうなんだよ。プラネタリウムにも

別のユッキーがあったんだけど

係の人に消す前に追い出されちゃって」

 

「そうなんだ……でも、ここのは絶対に消しましょう」

アリサの言う事をすんなり信じてくれる。

従業員の筈なのだがオーナーを良く思っていない様だ。

 

「うん」

アリサは暫く考える。

 

「閃いたわ お姉さん! この芽を根っこから抜いて

別の形に植え直しましょう。

そうすれば頭痛はなくなるよ?」

と言うとアリサは、携帯のお絵かきアプリで

簡易図面を作成し、お姉さんに見せる。

 

「アリサちゃん本当? 分かったわ手伝う」

 

彼女は相当頭痛に悩んでいる様だ。

救ってやらなくては!

 

「ポポンのポンのスッポンポンってかぁ」

 

優しく芽を抜き、図面通りに植え直す。

すると……! ユッキーの形から

アリサの笑顔の形に変わってしまった!

これなら道行く人に笑顔を与えてくれるであろう。

 

「うん。反応が全て消えた。よし帰ろう」

 

「ご苦労様。

あ、これね、ここの植物園の植物達で作られた青汁よ

すごく臭くて苦くて不味いけど、余り健康効果はないの

でも役に立つと思うから持って行って!」

半ば強引に渡された青汁。少し喉が渇いていたので

 

「いただきます」

ごくごく

 

「うーまずい! もういっぱ……いや、やっぱり要らない」

飲んでみると臭いし不味い。だが

なんと! アリサの体に異変が!

体の中の毒がきれいサッパリなくなった!!

 

「ふー。ありがとうお姉さん。十分役に立ったよ!」

 

「そう良かった。私もこれで安心して眠れるわ。

ありがとね!」

 

「この地域の平和も私の手で守られた。

よし、そろそろ部屋に帰ろう!」

 

10話 夕食の時間

 

第5章 夕食の時間

 

「アリサ、お帰りなさい」 

部屋に戻るとママも着替えて待っていた。

 

「ただいまぁ。アリサもシャワー浴びてくるー」

ワンピースを脱ぎながら歩くお行儀の悪いアリサ。

 

 だがそれも仕方がない事である。

解毒は出来たが、悪臭は未だ服にこびりついていて

今も徐々に体力を奪っているのだ。

アリサはそれを本能的に感じ取り

一刻も早く体から引き離したいのだった。

 

「あら? そう言えば何か臭うわね。どうかしたの?」

 

「さっき遊戯室に行ってオーナーが来たんだけど

異様に口が臭い男で、それがこびり付いちゃったんだ

体力が徐々に奪われているみたいで

早くこれをどうにかしないと私もうすぐ死ぬのよ?」

 

「へえーそんなに臭い人って居るのねー。

で、遊戯室は面白かった?」

 

 娘が死ぬと言っているのにクールな対応のママ。

きっと普段からアリサはこんな大袈裟な事を言っていて

聞き慣れてしまったのかもしれない。

 

「うんまあまあ、でね、その遊戯室のダーツの的の裏と

プラネタリウムと植物園に合わせて4匹

多分だけど隠れユッキーとやらを見つけたんだ」

アリサが神妙な面持ちになる。

 

「へえ。お手柄じゃない! 

ママはまださっぱり見つからないわ……

て言うか眠っちゃった……疲れてたのかな。

それとも年なのかしら?

シャワーの後ちょっと横になったら寝落ちしちゃって

……悔しいわ。でもアリサ

なんでそんな真剣な表情なの? 

まあいいわ。どんな物なの? 見せて見せて!」

 

 どっちが親なのか分からない位にはしゃぐママ。

ただ、電話に出なかったのは眠っていた様だ。

買い物の時に体力を消耗した為

休んでしまったのだろう。

 

「でもそれがこんな物なの。

準備はいい? じゃあいくよ!!」

携帯を出し4枚のユッキーの画像を見せるアリサ。

 

「ひいっ!!!!!……ってあら? 

これオーナーのリアルな写真の頭の上に

耳が付いていて……おいっ! 

これはあのテーマパークのパクリじゃないの!!」

顔から蕁麻疹を吹き出しながら話すママ。

 

「ママは5つだったか……かなり危ないわね」

え?

 

「え? 何の話?」

 

「エクスクラメーションマークよ。この写真を見た直後に

ママは5つも出していたわ。私は4つだったのよ。

これが8つ位出る人は要注意よ! 

ショック死してもおかしくないわ」

うぬ? 何故だ? 何故そんな事が分るのだ?

 

「そりゃ分かるわよ」

ぬお?!! 何故だ? 何故聞こえる?

……ふむ、磁場が歪んでいる様であるな……

別次元間での会話が成り立ってしまっている……

このままでは良くないな。仕方ない。元に戻すとしよう。

 

『ぬいっ!』

 

ビビビビビビビビ……シュォーン……シューン

 

これで多分大丈夫であろう。

動揺する様を見せてしまったな。失礼した。

時々起きるのだ。

流れを正す施術をしたので、この先は無いと思う。

 

「こんな危険な物が

このホテルの至る所に隠れているっていうの?

油断して見つけたら死んじゃうかもしれないんでしょ? 

怖いわね……

このパンフレットにもしっかり書いてあるから

私達みたいに偶然オーナーから

隠れユッキーの説明を受けていなくても

これを見て見つけようとする人もいるでしょう?

これじゃあこのパンフレット、死への招待状じゃない」

ママもこの隠れユッキーの危険性に

漠然と気づいている様だ。

 

「そうなの。だから私ね、見つけたらやっつけてるんだ。

じゃあシャワって来るかなー」

 

「やっつけるって?」

 

「マジックで塗り潰しているんだ。

そうすれば、見つけても人は死なない

ママ黒っていいよね? 全てを無にしてくれる」

 

「そう? なんかてれるなあ///照///」

何かの声が響く。しかし、2人には聞こえていない。

 

「うーん、でもねアリサ

それはいけない事なのよね。法律でね……」

 

「壁を汚す事と、人の命。天秤に懸けるのは?」

ママの話の途中で勝手に話すアリサ。

 

「人の命」

「人の命」

 

「だよね? もう既に3匹殺した。3匹も1000匹も同じ

もう後戻りは出来ない。全て殺す」

 

     <無> <心>

 

瞳は虚空を見つめ、無表情。感情と抑揚の無い。

それでいて、はっきりと響き渡る決意の言葉。

 

        ξゾワッξ

 

小学5年生の女の子からは

絶対に放たれてはいけない量の憎悪が

全身から湧き出てくる。止まる気配はない……

敵に回すとこれ程までに恐ろしい幼女なのだ。

だがこれは正義の心である。

行き過ぎて今の様に多少暴走してしまう事もあるけれど。

刑事の血が彼女をそうさせる。

そして、まだ幼い故コントロールが利かない……が

それは成熟していけば

自身でコントロール出来る筈である。

 

「わ、分かったわ。私が全て責任取る

だからアリサ思いっきりやってらっしゃい」

(こんな事言って大丈夫かしら?)

その憎悪をママはダイレクトに浴び、脂汗が止まらない。

少し震え声で許可を出す。

 

「はいっ!」

力強く答える。

刑事の母親から公認で塗り潰しの許可が下りた……

もう……彼女は……トマラナイ……!

 

「そういえばプラネタリウムの時にね

私以外のお客さんも居てね、そのユッキーを見たら全員

体調不良を訴えたの。その中に一人、信じられない力で

暴れていた人も居た。

でも、私だけはちょっと頭が痛いだけで大丈夫だったの」

 

「そんな事があったのね……」

 

「うん。ママも私とは違うただの人だから

もしもユッキーを見つけても手出ししちゃ駄目よ。

見つけたらすぐにアリサに連絡してね?

ママがあの暴走状態になったら

多分誰も止められないと思う。

間違っても消そうとしちゃ駄目よ? 

そして、もしそれがむき出しの状態だったら

布などで覆って誰にも見られないように隠して?

 そして、長く見すぎて気分が悪くなったら

40階の植物園に行って深呼吸してね

そうすれば少しずつだけど楽になるから」

まるで先生と生徒の様な会話がされている。

 

「分かったわアリサ……

暫く見ない内になんか逞しくなったわね

身長はこんなにも小さいのに……」

 

「もう! 小さいは余計よ

じゃあこの悪臭を全て洗い流してくるね」

10分後 シャワールームから出てくるアリサ。

アリサは下着姿のまま買い物袋を漁る。

すると、イチゴの柄のワンピースが

もう一着あったのでそれを着る事に

「やっぱり私と言ったらこれだよな。ママこれ貰うね」

 

「いいけど、それ、安かったから買ったけど

よく見たら安物買いの銭失いよね。

だってあまり可愛くないでしょ?」

 

「えー? 可愛いよ!」

 

「そう? アリサが気に入っているならいいけど」

 

「ママ、結構しっかり洗ったけど、臭い取れてる?」

そう言いつつ、頭をママに向けている。

未知の生物から受けた悪臭。

しっかり取れているかどうか本気で気になるアリサ。

 

「スンスン。うん、大丈夫だと思うわ」

 

「よかったー。ありがとママ。

そういえば2枚目の写真のユッキー

プラネタリウムに居たんだけど、消す前に係の人に

追い出されて帰って来ちゃった」

 

「それは仕方ないわよ諦めるしかないわね」

 

「だよねー悔しいなあ」

 

「あ。アリサそういえばこのパンフレットね

誤植があるのよ見てみて?」

 

「どこどこ?」

 

「これなの」

パンフレットのプールの注意事項の所に

不自然な言葉が紛れ込んでいる。

 

プールサイドでは走ってはいけません。

 

朝は一つ 夜は二つ

 

他人の迷惑となる行為をする事はいけません。

 

場内の指定場所以外の場所での食事は禁止です。

 

ペット類を伴い入場する事は禁止です。

(但しオーナーだけは良しとします)

 

当プール施設内は全面禁煙とします。

 

「うーん。あ、二行目ね? 

朝が一つで、夜が二つ? かー

一体何でこんな意味不明な事を書くのかな?」

 

「どうしても分からなくて。

アリサならもしや? と思ったの」

 

「分からないわ、でも頭の片隅には入れとくよ」

 

「そうよね、あ、あら? もう夕食になると思うわ」

腕時計を見てアリサに話す。

 

ピンポンパンポーン↑

 

本日は、夕食はビュッフェを行うので

54階の宴会場へお越しください。

ピンポンパンポーン↓ 

台本でもあるかの様なタイミングでアナウンスが響いた。

 

「ぶっへ? なんだそれ」

アリサが聞く。

 

「惜しいわ、ビュッフェよ。

自分で好きな食べ物を好きなだけ選べるのよ」

 

「ぶっへ! ぶっへ!!」

ピョンピョン跳ねるアリサ。

 

「ビュッフェよ!」

 

「ぶっへ!!!!」

アリサは、右の拳が左肩に、左の拳が右肩に

ぶつかる程の勢いで腕を振り始めた。

足も大げさに上げ全身で喜びを表している。

 

「ぶっへ ぶっへ ぶっへっへ へい!(手拍子) 

ぶっへ ぶっへ ぶっへっへ」

そしてリズムを取り踊り始めた。

 

「ぷ。あははははっ」

ママはそれを見て吹き出した。

 

「物凄く上機嫌ね。よーし、ママも負けないわよ!」

そして、ママも空気を読み。アリサの動きを真似踊る。

非常に単純な動きなので一瞬で覚えられる。

 

「ぶっへ ぶっへ ぶっへっへ へい!(手拍子) 

ぶっへ ぶっへ ぶっへっへ」

と、二人は楽しそうに腕を振り回して部屋を出る。

ハイテンションのまま会場へ向かうのだった。

 

 5階のエレベーターには

当然ビュッフェに向かう先客がいた。だが

部屋を出た時と変わらぬ勢いでぶっへダンスを続け 

そのままエレベータ内に入るアリサとママ……

始め、何だこいつらは、と冷ややかな目で見る大人達。

 

(ぶっへ? ああ、ビュッフェの事か

……楽しそうに踊っているなあ。

余程嬉しいんだろうな、お母さんもノリノリじゃないか。

子供はいいよな、何でも許されてって……まてよ……?)

乗客はふと思う。

 

(ハッ……そうだ! 私は今、何をしている?

日々の仕事のノルマをこなし、やっと得た休みなんだ。 

そして、この先に待つは、楽しい楽しいビュッフェ。 

だのに何故、真顔で待つ必要がある? 

仏頂面で大人ぶって……

心の底から人生を楽しんでいる彼女達を見下している……

自分は特別な存在とでも思っている様に……

まるで休みの今も、会社にいる時と変わらぬではないか!

この幼子の様に、大人の私達だって

はしゃいだとて罰は当たるだろうか? いや無い・・! 

この二人は本気で人生を楽しむ事を教えてくれた神様だ。

ああ、早く神様と同じ動きをしなくては(使命感)

旅の恥はかき捨てじゃぁぁぁあ!!!!)

スーツの上着を脱ぎ捨て踊り始める。 

 

 6階、7階と次々乗り込んでくる客も

神と同調し踊るアリサを見て思わず踊り、歌いだす。

その舞を見て、涙する者さえいた。

何? エレベーターに乗ろうとして

中にこんな集団がいたら

怖くて入れないのではないかだと? 

大丈夫である。そんな事は無い。

皆笑顔なのだ。そして全力なのだ。

そんな状況を目の当たりにすれば誰しも

吸い込まれる様に入ってくるのだ。

心配は要らない。

 

「ビュッフェビュッフェビュッフェッフェー!

ハイ!(手拍子)」

 

おっと? 新しく乗り込んだ新参信者であろうか?

歌詞を完全に間違えている……

全く……困った輩である……

 

 何? 正しいじゃないかだと? 違うのだ。

確かに言葉としてはビュッフェが正しい。

だが、ここは教祖がアリサのぶっへ教。

従って、ぶっへが正しい呪文と言える。

この踊りは、食事前にお祈りする様な感覚と同じで

食べ物達への感謝の歌で、喜びの舞なのである。

それをどこの馬の骨かも分からぬ若者が勝手に

オリジナリテーを出そうとするものだから腹が立つ。

 

 しかもこの新入り、最悪な事にヘイ! の所をハイ! 

に変えて歌っているではないか! 

ヘと、ハをその若い耳で聞き間違える事はない筈。

まさかこの者、意図的にやっているのか? 

もしそうだとしたら許せる事ではないな

どう考えても死刑しかない。

更に若さであろうな……

かなりの声量で、他の信者達が歌うぶっへ本来の歌詞を

掻き消さんばかりの大声で歌う。

 

「ビュッフェビュッフェビュッフェッフェー! 

ハイ!(強めの手拍子)

ビュッフェフェフェーのービュッフェッフェー! 

イヤーハァー!(更に強めの手拍子)」

 

おっとととーのおっとっと。こ、これはいけない。

あろうことか某お菓子のCMのメロディ風に

アレンジを加えているではないか。

もう滅茶苦茶である……これは流石にいけない。

ああ……神よ、この若者の愚行を許して欲しい……

 

 そしてハイでは飽き足らず

イヤーハァー等と言うハイカラな雄叫びをあげる始末。

更に、パラパラの様な振り付けを勝手に始めてしまう。

若さが暴走し、若さに任せ調子に乗ってしまった様だ。

これはお灸を据えなくてはいけない様であるな。

 

 しかし、この若者の全力のビュッフェダンス

ビュッフェの創始者、犬丸徹三が見たら

泣いて喜ぶ程の切れの良さである。

彼が存命であればビュッフェの

マスコットキャラクターに

抜擢されてもおかしくない程だ。

だがここは、アリサが教祖のぶっへ教。

その彼女が決めたルールを破っている彼は

正に一人の異教者として傍若無人

暴れ回っているだけの不穏分子なのだ。

 

 その若者の身勝手な行動は

古参信者達を大いに悩ませる。

文句を言おうと試みるも

いざ話しかけようとして目が合えば

その若さに押され、黙りこくってしまう。

 

 最悪の事態は、もしかしたら次の階から来る新信者は

若者に合わせ歌い、踊り出してしまうかもしれない。

それ程の若さと勢いと若さがあるのだ。

古参信者達の形式を重んじるスタイルを

一人の新参に今正に崩されつつある。

 

 ぬ? さっきから若い若い言い過ぎだ?

年寄りの僻みがすごいであるだと?

 

……そうなのかもしれない

 

 普段なら何か言い返す事も出来たであろうが

今回ばかりは正にその通りだったからな

……昔はこうでなかったのだ。いつも前向きで

誰が聞いても納得する『語り』をして来た筈であった

自分の語りで相手にしっかり伝わる。

こんな嬉しい事はなかった。

今回のこの部分で

 

『若い』

 

を強調する必要は一切なかったのだ。だが

私が彼と同じ年齢の頃は、彼の様に思い切り

自分を表現する機会が訪れなかった。

長い長い下積み時代であったからな。

そんな過去がある私が

彼の様に人生のピークであろう若い年齢で

自分を最高に表現出来ている姿に

強い嫉妬心が芽生えたのだ。

仕事である語りに、私怨を入れてしまっている時点で

私は三流語り部なのかも知れぬ。だが今私は、

自分を最大限語りという分野で表現出来ている。

ちょっと嫉妬深い所も

私のアイデンティティーを巧く表現出来ている様に

映ってはいないであろうか? 

こんな嫉妬混じりで人間味のある語りも

たまには良いものだと思うが……

ぬ? そうか……伝わらぬか……

 

話を戻すが

例えば、伝言ゲームで、最初の一人と最後の一人が

全く別の事を言ってしまう様に

正しい事を後世に伝え続ける事はこうも難しい事なのだ。

そして、このままでは

そのズレる瞬間を目の当たりにしても

何も出来ずに変わってしまう……悔し涙を流す古参信者。

己が力の無さを否応無く思い知る。一体どうすれば? 

しかも、肝心の教祖アリサ様は

自分の世界に入り込み、踊り狂っている。

従って周りの状況は掴めていないのだ。

その時である!

 

「ぶっへだよ?」へだよへだよへだよ(エコー)

 

「えっ? は、はいっすいませんブッヘ」

 

「語尾にぶっへはいらないんだよ?」

んだよんだよんだよ (エコー)

 

「すいません、ありがとうございます」

 

 一人の男が、若者を注意する。

その声には不思議と重みがあり、響く様に若者に届く。

やんちゃ坊主で誰の声も届かないこの若者が

たった一言で素直に従ったのだ。

正に次の階に届く数秒前に

若者は正しい踊りをする事になったのだ。

 

 この男は、先程5階でアリサをくたしていた人だ。

アリサの信者になってまだ時間も経っていないと言うのに

既に教える立場になっている。

人の成長とは、かくも恐ろしいものなのだ。

 

 平和を取り戻したエレベータ内、ビュッフェ会場へ進む。

踊りと歌は更にヒートアップ。もうここで倒れても良い

どうせすぐ先には美味しい食事達が待っているのだから。

ふと、15階を通り過ぎようとした時

アリサレーダーに反応があった。だが、

一心不乱に踊る彼女にその反応は届かなかった。

 

 その小さな個室には、一時ひとときの平和があった 

秩序があった、統率があった。

皆、安息の地へと向かうエレベーター内と言う大舞台で

自分を最大限に表現している。

 

「ぶっへ ぶっへ ぶっへっへ へい!(手拍子) 

ぶっへ ぶっへ ぶっへっへーい」

そして……チーン ビシィ!

会場に着くと同時に、左手人差し指を前に出し

右手を腰に当てる様なポーズを決めるアリサ。

 

「ブラボーアリサ。A、L、I、S、A! へい!」

ママはアリサに歓声を送る。

 

「ママ。様をつけなくては駄目よ」

 

「そうでした! すいませんアリサ様」

そうなのである。

この宗教の教祖のアリサは、最高権力者。

例え、肉親と言えども

今のアリサの前では一介の信者なのだ。

 

室内は拍手喝采

アリサは息を切らしながらも

その拍手に笑顔で答える。

いつまでもこんな時間が続けばいいのに……

 

 しかし、アリサは知らなかったのだ

これから起こるのは、恐怖のぶっへ……失礼 

ビュッフェとなる事を……!

 

私の書いている小説です

 

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