「じゃあ言ってみろ! お前の考えって奴を」
「それは……妹さんの事?」
少し自信なさげに答える。これは彼女の一か八かの賭けだった。
「い、妹が何なんだ? 全く的外れな事言ってるぜ?」
と言いつつ、右手で左肘を掻く動作をしている。そして、語気が、憎悪が、目に見えて増している。
「分からない。でもあんた控室で妹さん結婚したって言ってたけど、その相手が死んだ司会なのよ。
何となく感じた。全くの勘だけどね。
でも私、勘だけは鋭いの! あなたが司会を恨むとしたらそれしか思いつかないわ」
誰もがあてずっぽうと思うその言葉に、白川だけ顔が引きつる。アリサは更に続ける。
「そして、火村さんが初めてネタを披露した時の事だけど、司会が今の嫁さんは、火村さんのネタを好きって言っていたの」
「そう言えば言っていましたね」
「今のって、言葉に違和感があった。だっておかしくない? 奥さんが好きだって言えばいい所じゃない? って事は、前の奥さんがいたって事なんだと思う」
「確かにそうですね」
「ちょっと言い間違えただけじゃねえか? 大舞台の司会をしていて気分が高揚していてさ」
「そう思ったんだけどその後、司会が落ちた後の話なんだけど、鑑識の人に頼まれて刑事の代りに私がスタッフと選手に聞き込みしてた時、司会の今の奥さんの名前が久本正美って言う事を知った。そこで前の奥さんがいるって言う事を知ったわ。名前までは分からなかったけどね」
「それだけの事で司会の元嫁が俺の妹って言うには根拠としては弱すぎるぜ」
「話は最後まで聞け! 司会は、1週間前に誰から聞いたかは知らないけど、元奥さんが自殺したって噂を聞いて怯えてたって話なの。
この二つから推測するに、司会は前の嫁さんを捨てたんだと思う。それで今の嫁に乗り換えた。
それを知って、自分が捨てたショックで彼女が自殺したと思い込んだのかもしれない。
恐らくそう思い込んでいたから、罪悪感であずにゃんの幽霊ネタを聞いた時にお漏らししたんだと思う。それだけ臆病になっていたのよ。
そしてそれを司会に教えたのは間違いなくあんたよ? 本当は生きているのよね? でも、司会の心を弱らせる為にそういう嘘を流した! どうやって落としたかは考えている途中だけど、そこまで弱っているなら、押さなくても別の何かをすれば落とせると思う」
「切っ掛けは何だ?」
「そうね……あんたが控室で妹さんの事を話した時に、少し悲しそうだった気がする。その時の顔で簡単に分かっちゃった」
ほう……この子を彼女にしたら浮気は絶対に出来ないな。一瞬でばれる。
例え万物調査を使わなくても、いとも容易くな……
「ぐううっ……す、すげえなお前……ほぼ正解だよ。まあ俺が奴を落としたってところ以外はな。只者ではないと思ってはいたが……何て奴だ……まあ隠しててもいずれバレちまうからな、白状してやる。あいつの元嫁は俺の妹で間違いないよ。そして、久本に乗り換えた。それも間違いない。で? それで司会を殺したってか? 俺はそんなに器が小さい男じゃねえよ」
アリサの華麗な推理? で、全く的外れだと言っていた筈が認めてしまった。
「器が小さい? そうかしら? ここまでの事をされれば復讐してもおかしくないと思うけど?」
「……」
無言の白川。しかし、それこそがアリサの指摘が正解と言う事を物語っていた。
「でも私も捨てただけじゃ弱いと思うの。もう一つ何かをされたから殺した。あんたって頭いいから、余程の事がない限り殺しまではしないと思うの。だから、よっぽど酷い事をされた筈よ。だけどこの際それをあれこれ当てる必要なんてないわ。
だから無理に話さなくてもいい。きっと思い返したら辛いと思うから。
でもね、私が疑う切っ掛けになっちゃったんだから仕方ないよね? 私ね、色々な刑事ドラマを見てきて、犯人が犯行に至るまでの動機を沢山見て来た。100? いいえ、1000以上ね。だから簡単に分かった、あんたは、司会を激しく恨んでいる」
最早、言いがかりとも言える程いい加減な推理。だが、白川の表情を見る限り、周りもそれが真実なのだと思い始める。
「だがこれで、はい! 僕がやりました! なんて言えねえだろ? ほとんど推測ばっかりで穴凹だらけの推理でよ。
それじゃ限りなく怪しいが、決定打に欠ける。止まりだぜ? それにお前さっきの質問に答えてないぜ? 何であんなリスクのある犯行を選んだ?」
「そんなのは答えるまでもない」
「な?」
「どうでもいい事なの。それに、時間の問題なのよ……」
勝利を確信してはいるが、俯き加減で悲しそうに言うアリサ。
「何がだ?」
「私には特殊な能力がある」
「はぁ?」
「ママから貰った調査の力。万物調査って書いてあったらしいわ。私自身は見ていないけどね。ママも同じ能力を持っててね。それで私を見て貰った時にそういう力があるって知った。これね、便利なんだ……何でも見通せちゃうのよ。なーんでも。回数は限られているけど時間経過。そして、食事を摂ったりクラスチェンジすると回復して再び使える様になるみたいなの。この辺はまだ検証中なんだけどね。でも私実感したわ。さっきチェンジした時に完全回復した感じがしたの。だから準備万端! 触れた物の全てを見通す禁断の力……そこから分析すれば、何であんなリスクを取ったかも何もかもはっきり分かる筈よ」
これはアリサのハッタリである。皆さんは知っていると思うが、この能力は、犯人かどうかまでを見極められる程万能ではない。調査対象者の能力の数値を正確に表示するだけで、現在思っている事までは見通せない。
だが、まだそこまでこの能力に詳しくない白川には効果があるのではないか? と、一か八かの賭けに出たのだ。
そして功を奏したか? みるみる内に白川の表情が青ざめる。
「はあ? て、てめえ……まさかあの時……本当に七瀬の情報を【見ていた】って事なのか!? ……そう言えば……」
『わーきれーい。虹色だあ』
「そうだ……」
『へえ、国家公務員で、ブラックダイアが嫌いなんだ』
「あんな事も……それにハッ……予選でも……あいつ!!」
『糖質の海に……溺れろぉ!!』
「あれも……そうだ! こいつ……もの凄い饒舌に戦っていたが、それは実はあの筋肉女の内部情報を見ていて、弱点を知っていたんだ……それで……言葉だけで倒せたんだ……」
白川は、アリサが七瀬を見ていた時に言った不自然なセリフを思い出す。そして更に予選でのアリサと早乙女の戦いも連想する。
「確かに具体的に言っていた。考えてみりゃあれだけ具体的な情報を全て想像だけで言える訳はねえか……そうか……あれはイメージじゃなく、本当に見えていたんだな? ……嘘だろ? こ、こんなやべえ奴にそんなチート能力が備わってるってのか? どんだけ危険人物なんだよおめえ……そんな事知ったら誰もおめえなんかと付き合おうと思わんぞ?」
「大丈夫だよ。天使みたいに可愛いんだから」
「自分で言うか? だが、可愛いだけでいつでも内部を知られると分かったら誰も寄ってこないぞ? すでにこの場面は録画されちまってるしな。これでもうお前の事を彼女にするような男は現れねえw」
「カットすればいいのよ映像をね。さあ、おでこを出しな」
「何でそんな事……そんなの嫌だね。そうそう、俺は女に触られると蕁麻疹が出る奇病を持っている。だから止めてくれ」
「あら? 取って付けた様な嘘ねえ? まるで私に触って欲しくないような言い方ねえ? 何かやましい事でもあるのかしらぁ?」
「ぐぐぐぐ」
「身の潔白を証明したいなら、自分から触ってくれってお願いして来る筈だけど? ほらお願いしなさい!
『アリサ様。どうぞ私の下賤な能力めをその美しい瞳でご覧下さい』
とね♪」(正直この人の能力は絶対に見てみたい!! どんなスキル持ってるんだろ? どの能力の値が高ければあんな力が出せるの? それに彼の持っているだろう未知のスキル名を見てワクワクしたい!! 思いを馳せたい!! 推理したい!! 全て暴き出す!!!!!! 逃がさん!!!!!!!!!)
湧き起こる知的欲求が自然とアリサの左手を白川の額へと伸ばす。まあ身長190の白川は、おじぎでもしなければ、届かないからな。
しかし、私も彼の力を知りたいのだ。だが、今はスカウタァ故障中だ。私自身では彼のステータスを確認する事は出来ぬ。
今はアリサに頼るしかないのだ。果たして上手くいくのか?
「待て待て! 大体俺の事を見通せたとして、お前以外の周りの人間は見えんのだろ? そんなの誰が信じる? お前がその能力を使っていた時、俺も近くにいたが何も見えなかったぞ? って事は、そのデータ、お前にしか見えないんだろ? だから言いたい様に言いがかりやでっち上げも出来ちまう。証明出来ねえだろ?」
「人間ね? 分っていても真実を耳にした時、表情の変化が起こるのよ……それで十分……さあ何度も言わせないで? ぺこりしな!」
アリサの能力は純粋にその人間の力や特技を見るだけだ。だが、そこからアリサの生まれ持った推理力で色々分かってしまいそうな気もするのも事実。さて白川はどう出るのだ?
「ふふふw逃げ場は無いよ?」
アリサは、白川に左手を向けた状態で、1歩、2歩、と近づく。心なしか白川の顔が更に青ざめている様な気がする。
「はあー、分かったよ。俺の負けでいいよ」
なんと?
「あら? 意外とあっさりね(ちょっと惜しい気もするなあ。見たいのに……)」
「そうでもないさ。はらわた煮えくりかえってるぜ? ポーカーフェイスなのさ、俺は!(くそっ……しかし何でこいつ突然こんな事を言いだした? 考えろ、こいつが突然俺を犯人扱いし始めた切っ掛けは何だ? ……ん? まさか? 成程そう言う事かwwよし、これで揺さぶってみるか)」
「じゃあ何であんな事をしたか言いなさい」
「その前にお前に一つ質問だ」
「え?」
「この世の中には死んではいけない人間ってのは本当に0なのか?」
「そ、それはそうよ」
アリサは、その瞬間、ホテルイーグルスノーでお世話になった、斉藤隆之の顔を否応なしに思い浮かべる。そして、震え声の返答で、動揺が白川に伝わる。
「お? お前……まさか動揺してるのか!? そうか、お前にもそういう人間が少なからず居るみてえだな。
こんなに若けえ内からそこまで恨みを持つ人間がいるのか? 興味あるぜ」
「あ、あれは……あのホテルのじじいは、人間じゃなくてモ、モンスターよ」
強ち間違ってはいないが、れっきとした人間である。まあ○○○ではあるがな……おっと口がすべった。今激烈やばいネタバレをしてしまう所であった……いかんな……自重せねば……
「アリサさん? ホテルの? あの方ですよね? 酷い言い方です! 訂正して下さい!! 彼は人間です! モンスターではないと思いますが」
竜牙もアリサに反論する。
「う……に、ニンスター」
新種の生物の誕生の瞬間である。
「人間です!!」
「う……」
珍しく真剣に怒る竜牙に何も反論できないアリサ。
「人間だろ? どうせお前に軽いちょっかいを出しただけの人間だ。
でもそいつに殺意を抱いたんだろ? いなくなればいい。消えちまえばいいってよ」
「うう……」
軽いちょっかいどころではないが、色々な嫌がらせをされ、怒りに身を任せ、顔が醜い事と、太っていて臭いと言う事を理由に、無抵抗のあの男を丸々一話分、216行に渡る長いお説教を施し、フィニッシュで【死ね】と言った。
その瞬間彼女は間違いなくオーナーに殺意を持っていた事は否定出来ない。
そのお説教を受け、涙目になって逃げて行った惨めな男の後ろ姿が鮮明に蘇る。
「誰にだって居るんだよ。それだけの事だ。なあ一殺多生って言葉知ってるか? お前にはちょっと難しいか……」
「知ってるわ。一人の害悪な人間を止めれば、代わりに大勢の人が助かる。って意味よ」
そうだ。彼女がその言葉の意味を間違えようもない。何故ならその四字熟語は、正に斉藤をお説教している時に、彼女自身が彼に使った言葉だったのだから。
「何だ……賢いな。伊達にその若さで俺を追い詰めようとしてるだけの事はあるな。なら分かる筈だ。
あいつは大勢の人を踏み台にし、のし上がりあの地位に辿り着いた。
異様とまで言える出世欲は、傍から見てても呆れちまう位にな。
その可哀想な踏み台の中には俺の大事も妹が入っていた。捨てられた直後、あいつ、飼い猫の毛を一本一本抜いて恋占いをするんだぜ?
「もんたさんは私の事がすきーきらいー」
ってな……全部抜けるまでよ……そして最後の一本は何だったと思う?」
「……きらい?」
「正解だぜ! おめでとう……ってめでたい訳あるか!!!! それ以来完全にふさぎこんでよ。
あいつは俺の妹は、素人ではあったが俺と同じ? いやそれ以上の笑いのセンスを持っていた! そんな才能の塊が、心が折れて塞ぎ込んじまった。
その上、ペットの猫のハイちゃんの方も丁度冬になったばかりでよ、毛が無くなったせいで風邪引いちまってよ」
「そんな事が……ハイちゃん……」
涙目になる猫派の竜牙。
「あいつにも女の独特の感性で、男の俺では絶対に思い付けない様な事を言う事もあった。沢山な。
そして、俺ですらあいつの才能に嫉妬する場面もあった。見ていて思ったのはもう一押しの何かがあれば、独自のネタを開花する寸前だった。恋愛、結婚? そういう物を経験した切っ掛けかもしれない。とんでもないお笑いネタが生まれるかもしれなかったんだ。
分かんねえよ? 分かんねえけどそう感じたんだ。芸人の俺の直感だ。
だが、唐突に奴は言い放ったそうだ……『別れよう』ってな……妹は顔をクシャクシャにして鼻水たらして俺に泣きついて来た。その時俺は何も言ってやれなかった……で、知っちまった……俺はいざと言う時全く頼りにならない兄なんだなって事をさ……」
「白川さん……」
「俺は別れた事をいつまでも引きずっていないで、何か別の事をしようぜ? って説得し続けた。そして、やはり芸人になるのが一番合っているんじゃないか? と思う様になってきた。
説得にも少しずつ耳を傾けてくれて、もう一押しの所まで来ていると思う。
そして、いつかは妹を芸人として育て、兄妹揃ってネタ番組やコンテストに出て、色々な賞をかっさらっていく夢を持った。あいつと別れてくれたお陰で、妹とはまた一緒に暮らせているし、チャンスはあると思う」
「私にくれたあの帽子、本当は妹さんに買ってあげたんでしょ?」
「ああそうだ。でも、我慢出来ずに一旦お前に渡した」
「何で?」
「素人ではなく芸人になったお前と戦いたくなっちまったんだ。どういう訳かな……強い奴と戦いたかったって事かもな……」
「ふーん。でも、もういらないよ。妹さんに使ってあげて」
「そうか。じゃあありがたく返してもらう。だが、受け取ってくれるかな?」
「大丈夫じゃない?」
「そうあって欲しいが……]
「ねえ、妹さんってどんな人だったの? ちょっと教えてよ」
「何でだよ?」
「好奇心よ。あっ! ついでに旦那の司会の過去も教えて!」
「おいおい……欲しがり屋さんなんだなあ。まあ、しょうがねえ。昔話をしてやるか……俺達が奴にされた事を包み隠さず話してやろう。多分奴の見る目が変わる筈さ。おっと、一応念を押しておくが、俺はそれでも殺ってはいないからな? 分かったな?」
「信じてあげる信じてあげる」
「何だよその言い方!」
「大事な事だから2回言ったのよ」
「疑わしいな……まあいい。この話、長くなるぜ? 大体丸々一話分位にな! 覚悟して聞けよ!!」
「え? 丸々一話分ってどう言う事? 詳しく教えてほしいわ!!」
「知るか!!!!!」
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